NISHIMOTO

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 胸の鼓動が静まるのを期待している。何もかもが素敵で最高で、けど憎らしいので、相対してなお騒ぐときめきを殺したくなる。
「今日も僕に負けて泣くの?」
「うるさいな」
「悔しいならそう言えばいいのに、意地っ張りだね。マ、僕が勝つのは当然なことだから。研鑽怠る日々にはスポットライトも届かない!」
 そう自信満々に胸を張る姿ばかり目に入る。眩く愛らしく、恨めしい。ついこのあいだは、うちで鏡を見た時にいくつか叩き壊してしまった。焼きついた光と自分の姿が違いすぎて。
 それでも馬鹿で間抜けなアンチファンを「アイドルが見せる傷にしては痛々しすぎる」と両手で救うのだから、もう、愛すか憎むかしかなかったのだ。
 いま、強欲に両方を選んでいる。強欲だけは彼の者に勝る自負がある。
 そして何も思わなくなる日々すら望んでいる。
「うん、うん、わかるさ。苦しくてしんどくて、すべて手放してしまいたくなるんだろう」
また真っ白な手が救い上げる。君の両手は愛憎で埋まっているのだからと、3つめの欲は似合わないのだと、静かに体の輪郭をなぞり落とす。取り出して握りつぶしたい心臓を、柔らかく体内へ押し留めながら。
「でもね。君には及ばないけれど、僕だって欲があるんだ」
僕を忘れてどこかに隠れないで、と。忘れさせてもくれない傲慢さごとうっとり微笑むと、やはり、胸の鼓動は跳ね回る。

9/8/2023, 12:01:58 PM