sairo

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初詣の帰り。何気なく空を見上げ眉を寄せる。
月が高い。そろそろ日の出が近いはずだと時計に目をやり、さらに困惑する。

「時間が……止まってる?」

正確には時計の秒針は動いている。しかし長針や短針は少しも動いてはいない。
時計が壊れてしまったのだと思った。
背後ではまだ、初詣に訪れた人々や出店の賑わいが聞こえてくる。振り返れば、いくつもの提灯の灯りが見えている。
神社に戻るべきだろうか。一人きりの不安に、そんなことを考えてみる。
そこで、違和感に気づいた。
慌てて周囲に視線を巡らせるが、自分の他に誰もいない。初詣に向かう時は、何人もの人とすれ違ったにもかかわらずだ。
耳を澄ませても、周囲からは何の音もしない。人の話し声はおろか、新聞配達のバイクや自転車の音。車の音すら聞こえない。
もう一度、神社の方向へと視線を向けた。
離れても聞こえる声。雅楽の音。揺れる灯り。
立ち竦み、意味もなく視線を彷徨わせる。縋るように何度も時計を見るものの、やはり秒針しか動かない。

「もし、お困りですか?」

不意に背後で声がした。自分の他に誰かがいたという安堵と、今声をかけてきたのは人なのかという不安が交じり、振り返れない。

「もし、お困りではないのですか?」

低くもなく、高くもない声。男のものか女のものかも分からない。
そういえば、と去年の夏に皆でした怪談話を思い出す。
人ではないモノは、重ね言葉を言えないらしい。もしも一声呼びで返事をしたら、魂を持っていかれてしまうのだと。
背筋に冷たいものが走る。先程から聞こえる声は、もし、としか言っていない。
気づいて、かたかたと体が震え出す。今すぐここから逃げるべきだと思うのに、足が地面に貼りついてしまったかのように動かない。

「もし、お困りでは……」
「いや、それ以上は止めてやれ。怖がってるだろうが」

別の声がした。この声は人だろうか。それとも幽霊だろうか。
どうすればいいか分からず動けずにいれば、肩を叩かれた。ひぃっと、掠れた声が漏れ、反射的に振り返りつつ後ずさる。

「あ、わり。そんなに驚くとは思ってなかった」

そこにいたのは自分と同じくらいの青年と、振袖を着た幼さの残る少女。おろおろとこちらと青年を見つめる少女は、どう見ても霊には見えなかった。

「あ、あの、その……お困り、だと、思いまして。ですから、その……」
「悪ぃな、兄ちゃん。こいつは人見知りが激しい上に、口下手なんだ」
「あ、はい」

気の抜けた返事をしながら、その場に崩れ落ちる。恥ずかしさはあるものの、恐怖から解放された安心感から膝が震えて立てそうにはなかった。

「おい、大丈夫か?というか、兄ちゃん何でこんなとこにいるんだ?見た所、お詣りは済ませてるみたいだけどよ」

何で、など、自分が一番知りたい。
動かない月。進まない時計。訳の分からない現象に、人前だというのに泣いてしまいそうだ。

「えっと、その……迷子、でしょうか……?」
「迷子、って感じじゃねぇ気がすんだけどなぁ……?兄ちゃん、お詣りん時、いつもと違うことしなかったか?」
「違う……こと?」
「そ。兄ちゃん見る限り、礼儀とかはしっかりしてそうだから、手順を間違った訳じゃなさそうだけどな。もっと他に、なんつぅか、いつもはしないことをした、とか、逆にしてたことをしなかった、とかないか?」

差し出された手を借り、立ち上がりながら必死に考える。
いつものようにお詣りをして、おみくじを引いた。それを括り付けて、出店を冷かして。

「――あ」
「なんか思い出したか?」
「お札……貰うの、忘れてた」

授与所でおみくじを引いた時に、一緒に買ったことは覚えている。だが、お釣りだけを受け取り、そのままおみくじを結びに行ってしまった。
やってしまったと思いながら目の前の二人を見れば、納得したような顔をして笑った。

「それだな。兄ちゃんの神様を迎えに行ってやりゃあ、元に戻ることができるぜ。さっさと行ってきな」
「あ、はい。行ってきます……?」

青年に背を押され、神社へと走り出す。
途中、礼を言っていないことに気づいて振り返る。こちらを見送ってくれている二人に大きく手を振った。

「あのっ!ありがとうございました!」

手を振り返されて安心して、神社に駆け戻る。
授与所につけば、覚えていてくれたのか、苦笑した巫女に札が入った紙袋を手渡された。

「気を付けてくださいね。神様が寂しがってしまいますから」
「はい、気を付けます。ありがとうございました」

頭を下げ、今度こそ家へと戻る。
途中見上げた空は月が傾き、東の空が明るくなってきていた。
時計に目をやるが、しっかりとすべての針が動いている。深く息を吐いて、忘れてしまった札を見た。
忘れてしまった自分がすべて悪いとは思っているものの、色々なことがありすぎて陽の昇らない内から疲れてしまった。帰って神棚に札を納めてから少し眠ろうと決め、家路を急ぐ。

ふと帰り道の先に先程の二人の姿が見えた。こちらに気づき、にこやかに手を振ってくれる。

「よぉ。戻ったみたいだな」
「さっきは、ありがとうございました。二人がいなかったら気づくことができませんでした」
「気にすんなって。新年だもんなぁ」
「よかった、です。はい」

改めて礼を言い、頭を下げる。
自分のことのように喜んでくれる二人には、本当に感謝してもし足りない。
二人に対し、何かできることはあるだろうか。そう考えていれば、空が美しい橙に染まり始めていた。
日の出だ。見上げれば、雲一つない茜色に輝く東の空から陽が昇り始めている。

「おぉ。ラッキーだな。今年は天気が悪いって言ってたから、諦めてたんだ」
「あ、えと。ありがとう、ございます……その、初日の出、見ることができて……あの、あなたが、いたから」

意味が分からず首を傾げる。
自分がいたから日の出が見れたとは、どういう意味だろうか。
青年に視線を向ければ、彼は笑い手の中の札を指さした。

「兄ちゃんの神様は、太陽の神様だからなぁ。忘れられたのは悲しかったみたいだけど、その分迎えに来てくれて、そんで大事に抱えられて家に着いたら丁寧に祀ってくれるって思うと、本当に嬉しかったんだろうさ」

言われて、腕の中の札に視線を落とす。
そっと紙袋越しに札を撫でた。笑みを浮かべながら、日の出を見た。

「明けましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いします」

自然と挨拶が口をついて出る。
新しい一年の始まりだ。今年は忙しくなりそうだと、おみくじの内容を思い出す。

身が引き締まる感じがして、日の出に向けて深く礼をした。



20260103 『日の出』

1/3/2026, 3:26:38 PM