どうか、幸せでいてください
そう言って、僕の彼女は消えてしまった。前の彼女も、その前の彼女も。彼女未満の、気になっていた女の子も。隣の家のお姉さんも、従姉妹も、気難しい妹も。みんな、同じ言葉を残して、逝ってしまった。
僕が彼女たちを愛したからこんなことになってしまった、んだと、思う。この小さなセカイで、君と僕の恋は、愛は、世界の命運を背負い込んでしまった。そして、彼女たちを、えいえんがあるという向こう側に突撃させてしまった。彼女たちが運命に特攻したあと、決まって骨が降り注いだ。一人の人間の身体にある骨量よりずっと多くの骨が降るから、きっとそれは特攻し死んだ彼女のものではないんだと思う(混ざって入るかもしれないけど)。僕は骨が降るたび街を歩き回り、肋骨を一本だけ拾う。それを持ち帰り、部屋の奥にしまってある木箱に収める。かちゃり、と、すでに収められている肋骨たちが鳴る。僕は、この肋骨たちを彼女たちの遺品とすることにした。向こう側にいって、骨も肉も涙も残らなかった彼女たちを悼むために、誰のものかもわからない肋骨を用意する。肋骨を詰めた箱を抱きしめるたび、僕は彼女たち一人一人を思い出す。この箱の中には彼女たちの誰一人としていないけど。僕は、この箱の、ここに詰め込まれた、誰のものでもない肋骨を通して彼女たちを感じる。
僕にとって彼女たちを感じるということは、結局のところ、彼女たちの感じた不安や寂しさや恐怖に思いを馳せることではない。彼女たちの怒りに共感することもないだろう。これはただ、あの日にあった恋心を追体験するための儀式だ。儀式だから、骨は本物でなくて良い。箱は棺でなくて良い。僕は、彼女たちを愛している。僕に、腐ることのない恋を残してくれるから。
かつん、かつん、かつん
骨がまた、降り出した。きっと、どこかで誰かが向こう側に行ったのだ。それは、少女かもしれないし少年かもしれない。老年かもしれないし青年かもしれない。そもそも、人ですらないかも。いずれにせよ、きっと、僕みたいな人間が誰かを愛してしまったということだ。
「どうか、幸福でいてください」
きっと、そう言われたのだろう。
「どうか、幸福でいてください。私の苦しみや悲しみが、私の命が、あなたの都合の良い解釈になりかわり、平べったい、美しくて無害な思い出になって、あなたの退屈を紛らすための慰めになるから。思い出を反芻することで得られるかりそめの快楽を幸福と拡大解釈してください。なるべく不幸でいなくていいように。私の命をそんなことのために使い果たすあなたが、不幸を感じるなんてあまりにも身勝手だと思うから。だから、どうか、幸福でいてください」
4/1/2023, 7:16:03 AM