髪弄り

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皆さまは神仏を信じますでしょうか?
言い換えますと、神社を訪れたり、一回でもお祈りを捧げたことがあるでしょうか?
ええ、まあまあ、そういう定義であれば、だ
いたいの人は当てはまるものです。

日本には古くから多神教ー自然であれ物であれ神様が宿るーという考えがございます。

言霊に付喪神、お天道様にお米の神様、神仏習合と、仏すらも祈りの対象としてしまうのはなんとも面白い。

つまり、今日の我々には、モノに神が宿るという考えが深く染みついているわけです。

さて、前置きはこのくらいにしておきましょう。

今回私が話すのは、一つの付喪神。ある仏像についてございます。

その仏像は、チベットの密教が、瞑想か何かで使っていたというもので、平安時代に日本に伝わりました。

この仏像、いわゆる修行僧を模した観音菩薩なのですが、変わったところがありまして、

何もつけていないのです。

普通、仏像というのは、芸術品の一種ですから、多くの装飾が施され、法冠や蓮華、光輪などをつけているものです。

しかし、この仏像は、腰布をつけた仏が坐禅を組んでいるだけの造形で、その上、
身体は骨が浮きでるほどに痩せ細っていて、遠目で見れば死骸と見間違えかねないほどのものでした。

ですが、表情は笑顔なのです。

そんなものでも、当時は随分と大事にされたようで、戦後になるまでは、修行僧の見習うべきさまと、本尊として祀られていたそうです。

ですが、時代も移り変わり、寺の老朽化や後継者問題もあって、住職は寺を引き払い、法具等も、ほとんど博物館へ寄贈してしまいました。

一応、あの仏像だけはどうしてもということで、住職の死後、古物商に売られるまでは、家においてあったそうです。

(男は咳き込む、痰混じりの苦しげな声)

おっと、これは失礼しました。
どうも最近、体調がすぐれなくて、
続けましょう。

さて、この仏像ですが、ある資産家が購入することになりました。

彼は筋金入りのけちん坊で、
それで財を成したような男でして。

冠婚葬祭も安く済ませ、飛行機はエコノミークラス。タクシーは絶対使わず、電車か車で取引に向かう。

教育費は最低限、子供たちには奨学金をとらせ、国公立に通わせても、留学は許さない。

格好も質素でした。

ですが、そんな彼にも趣味がありました。
それは、骨董品を集めることです。

なぜそんなことをしていたのかは、今になってはわかりません。
骨董品が何億で売れたとかの儲け話を聞いて、いつしか趣味になっていったのか。
それとも、数少ない人情だったのか。

ともかく、彼はあの仏像を購入しました。

鑑定士に価値を観てもらい、歴史のあるものだとわかると、和室にずっと置いていたそうです。

それからというもの、彼の様子は変わっていきました。

最初は、小さなことでした。
電車に乗るのを頑なに拒否し、車で移動するようになりました。

他にも瞑想をはじめたり、ランニングしたりと、前の彼ならば無駄と嫌っていた物事に前向きに取り組むようになったのです。

一番の驚きは子供の留学を認めたことでした。

世界は広いのだから、いろんな考えを知るために行ったほうがいいと言って、資産の約一割を譲渡したそうです。

他にも、慈善団体への寄付、アフリカ寄金への参加もして、かつてのケチだった彼は何処にいったのか。

ですが、おかげで交友関係も増えて家に人を呼んだり、家族での外出も多くなったので、
この変化に妻や友人の多くは喜んでおりました。

無論、あまりの変わりように不気味に思う人もいたことは確かです。

話しかけると、いつも顔をしかめた彼が、
食事に誘うと頷いて、”世話になっているのだから、奢らせてくれ”と、笑顔で言ってくるのです。しかも、自分は食事を少ししか取らず、友人にたっぷり食べさせるなんて、てんでおかしいですから。

それから数ヶ月経った頃のことです。
彼の旧友ーここでは仮にAとしておきますーが久しく、彼の家を訪ねました。

庭にあった家財は消えていて、雑草がボーボーと茂り、なくなった窓から、線香のような匂いが漂っていました。

Aがベルを鳴らすと、すぐに扉は開きました。

現れたのは、
腰の曲がった痩せぎすの老人で、服の代わりにボロ切れを腰に纏い、肌は焼けたように黒く染まっていました。口角が高く吊り上がった、張りついたような笑顔をAにむけていました。

二度三度と咳き込んだ後、それは言いました。

久しぶり

その声で、老人が変わり果てた友人であるとAは気づきました。

少し話した後、和室まで案内すると言われ、
Aは迷いつつも、従うことにしました。

中には、家具は一つとして、置いておらず、廊下に残る泥臭い足跡を除けば、まるで新築のようででした。電球は全て取り外され、音といえば廊下の軋む音くらいでした。

和室に入って、ようやくAは家具を発見しました。張りついたような笑顔をした、骨張った真鍮製の仏の像。それが和室の中心から、Aを見つめるように鎮座していました。

Aは身体の震えが止まらなくなり、酷く動揺しました。

それは、案内してくれた友人と、
何ひとつ違いないものだったからです。

Aあまりの恐ろしさにそこから逃げ出し、もうその家には行きませんでした。

その後、資産家は失踪し、山奥で座禅を組んで、飢え死にしているところを発見されました。笑顔だったそうです。

家財整理の話となり、仏像もその中にありましたが、あまりに不気味だということで博物館に寄付されました。
ですが、数日後に倉庫から姿を消していたそうです。

これにて、この話は終わりでございます。
長きに渡り、ご清聴ありがとうございました。

どうぞ気をつけてお帰りください。

ああ、もしよければ交通費くらいなら差し上げます。悪銭身につかずともいいますので、遠慮なく

『何もいらない』

4/21/2023, 5:52:37 AM