「ひとつ、賭けをしませんか?」
「断る」
「ひどい!まだ何も言ってないのに!!」
梅雨の長雨に飽いてきた僕が何の気なしを装って「賭け」を持ちかけてみるも、内容を言う前にバッサリと断られてしまった。
「お前さんの考えなど私にはお見通しだよ。大方、雨にかこつけて口説き落とそうとでも目論んでいるのだろう?」
「何で分かっちゃうんですか…そこは貴女の持ち前の豪運を信じて乗っかってくれてもいいでしょう?」
「興味のない賭けはしない主義なんだよ」
この人の自宅兼工房は木造の古い日本家屋だ。
そして僕達はその縁側に肩を並べて寛いでいるのだが、どう見てもしっかり寛いでいる筈なのにこの人には本当に隙がない。
それは心のことではなく、物理的にも隙がないのだ。
もうかれこれ7年は想いを向けているというのに、何度交際を申し込もうと…なんなら求婚までしているのに先程と同じように毎回バッサリと振られてしまう。
その癖、僕が遊びに来ることは許されていて、今も隣に腰掛けていても「帰れ」という態度は見せていない。
つくづく、思考が分からない人だ。
だからこそ、僕は諦めることなく何度でも本気で想いをぶつけるのだが、多分この人が首を縦に振ることは今後も一度だって無いのだろう。
まぁだからと言って諦める気は更々無いので今日もこうして趣向を凝らしたプロポーズをと思ったのだが…
「そんなつれないことを仰らず、ひとつ乗ってみて下さいよ」
「内容による」
「ほら、雨が降っているでしょう?だから今日のうちに止むか明日まで降り続くかで賭けてみようと思いましてね。」
「なら夜明けまで私もお前さんも寝ずに雨を眺めるって訳か?冗談はその軽そうな頭の中身だけにしてくれんかね」
「相変わらず毒がお強い…良いじゃあないですか、眠らぬ夜を共にするのも」
「……お前さん、近頃は中年臭い言い方をするようになったな」
「やめて!?そんな鬱陶しいものを見るような目で僕を見ないでくださいよ!!」
「鬱陶しいとまでは言わんが、今の時代で言う「せくはら」というやつじゃあないのかい?それ。」
「…ハラスメント、に、当たるのでしょうか?嫌なんです?」
「ああ、話を聞くだけと思って喋らせていたことを猛烈に後悔しているよ。」
「そんなぁ……」
一見かなり冷められているように見えるだろうこのやり取りだが、実はこれでもかなり脈がある方だ。
この人の性格はかなりハッキリとしているので、本当に嫌なら本前の薙刀捌きで僕を追い返していることだろう。
だがそれをしないということは、少なくとも本気で帰ってほしいとは思っていないという事である。
………多分。
だんだん不安になってきたので確証欲しさに話を戻してみる。
「……で?貴方はどちらに賭けますか?」
「お前さんと同じ方」
「それじゃ賭けにならないじゃないですか…ほら、賭けるからにはちゃんと選んで!」
「やれやれ…そうさな…なら、今夜のうちに晴れる方に賭けよう」
「では僕は明日の朝に晴れる方に賭けます。」
「……で?何を賭けるんだい?まさか何も出さない訳じゃあなかろうに。」
「勿論、僕は自分の想いを賭けますよ。もし今夜のうちに晴れたなら、今度こそ貴方へのプロポーズは諦めます!」
「何だそりゃ…ならもし明日、晴れたなら、お前の求婚を受けてやろうじゃあないか。」
「ほ、本当ですか!?」
「あぁ、私に二言はないよ」
信じられない!
本当に乗っかってくれるだなんて!これは必死に祈るしかない!
雨よ、どうか日の出まで持ちこたえてください、僕の恋の命運がかかっているのです!!
目を閉じて手を合わせ必死で祈っていると、隣で彼女が一瞬だけ密やかに優しい笑い声を漏らした。
気になって片目を開けて見てみれば、彼女は可笑しそうに笑っているが、その微笑みはとても優しかった。
これは、本当に脈アリなのでは?
…なんて、僕の淡い期待も虚しく、無情にも雨は夜のうちにすっかり上がってしまった。
途方に暮れて彼女に目を向ければ、普段飄々として落ち着いた雰囲気の彼女にしては珍しく爆笑している。
よほどおかしいのか、床までぺしぺしと叩いている始末だ。
「……そんな、笑わなくてもいいじゃないですか…」
「や、だってお前さんがあまりにも悲壮な表情をしているもんで…まるで捨てられた犬みたいだ、と思ってな…!ふふ、ふふふ……」
「本当に、なんてひどい人だ…!」
「私が元からこうなのを知ってて惚れてる奴に文句を言われたくはないね」
「それは、確かにそうですね。」
「…はー、笑った笑った!さて、約束通り求婚は諦めてもらうよ」
「分かっています…もう、プロポーズは諦めます」
「……ですが!恋い慕う気持ちはこれまで通り諦めませんから!!」
「…こりゃ、一本取られたなぁ」
そう言って彼女は嘆くように床に仰向けに転がってしまった。
どうやら呆れて力が抜けてしまったらしい。
だが、ここは僕も譲れない。
第一、この賭けは恐らく彼女の計算勝ちなのだ。
今まで幾度となく物や流行りの文化で彼女の気を引こうとしても頑として首を縦に振らなかった彼女があっさりと己の人生を賭けたということは、つまりは賭けに勝つと確信していたが故なのだ。
だからこそ、このくらいの屁理屈は許してもらわないと。
「困った子だな、これじゃあ当分の間は落ち着いた隠居生活を送れそうにないなぁ」
「隠居にはまだ早すぎますよ。ご年配の人でもあるまいに…」
「言っておくが、見た目の割にかなりの年寄りだぞ?」
「美魔女ですか、寧ろ大歓迎です!!」
「ばかたれ、そうじゃあないわ!」
本気で言ったのに、さながら授業中にふざけすぎた子供のように頭にゲンコツを貰ってしまった。
「何でだめなんですか……」
「興味のないことに付き合うつもりがない」
「嘘ですよね、それ」
「本心だとも。……まぁ、ひとつ付け加えるなら、私みたいな禄で無しに貴重な人生を無駄遣いするもんじゃないってところかね。」
「貴女のそういう素直じゃないところも好きですよ。」
「お前さんにそれを言われたくないね。本当はわざと負けたんだろうに。」
「…………何のことでしょう?」
「今の文明なら天気予報なんてものもあるのだし、雨雲が去るまで何刻かかるかなんて分かるのだろう?」
しまった、やはりこの人には見抜かれてしまうか。
「それは……」
「お前さんが負けた末に私が如何なる反応を見せるかを確かめたかったのだろう?」
「う……」
「やはりな。だが残念ながら私は誰にも執着しちゃいないし今後もそのつもりだよ。濃い繋がりなんて面倒なもんは私には不要さね。」
「……」
今だ。今が勝機だ。
僕は人生最大の反論をこの人に振るった。
「なら何故、そう言いながら寂しそうな顔をしているんです?」
8/2/2024, 9:59:38 AM