せつか

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「恋に落ちるという表現を考えた人は天才だね」
「·····あなたがそんな事を言うなんて、珍しいですね」
「なんだい、私が恋を語ったらおかしいかい?」
「おかしいです」
「にべもないなぁ」
「だって、〝人の感情なんて私には無いんだよ〟っていつも言ってたじゃないですか」
「うん。そうなんだけどね。私には感情なんて無いけれど、他人の感情はよく分かるのさ」
「·····」
「人の紡ぐ物語が大好きだからね」
「恋物語はあなたの好きなハッピーエンドばかりではないでしょう?」
「うん。でも、そこがいいし、それだけじゃないところもいい」
「私は·····あまり恋物語というのは分かりません」
「君はそうだろうとも。君が私に最初に語ったアレは、勘違いだからね」
「あなたの言いたいこと、今なら分かります」
「おっ、成長したね」
「怒りますよ」
「ごめんごめん。でも、成長というのは大人になっても、どうなっても出来るものだから。それを言うなら私だって成長してるのさ。·····多分」
「ぷっ」
「笑うなよ。真面目な話さ。物語を知り、感情を学び、他者との交流で自分を知る。素敵なことだよ」
「·····それが悲劇を招いても、ですか?」
「そうだよ。結末が悲劇だとして、そうして後悔を知ることも人には必要なんだ」
「後悔したくないと、みんな思っているのに」
「うん、そうだね」
――それが人間の悲哀であり、おかしさでもあり、愛おしさでもあるんだよ。

「あなたがそんな事を言うなんて、本当に珍しい。恋に落ちたのがあなたなのか、他の誰かなのか分かりませんが、幸せになれるといいですね」
「そうだね」


――多分、幸せになることと恋が叶うことはイコールじゃない。むしろこの恋はきっと悲劇になるだろう。
恋に落ちたという自覚が無いまま、終わるかもしれない。

昏い色をした目を思い出しながら、そんな事を彼は思った。


END


「落下」

6/18/2024, 4:05:10 PM