目が覚めるとそこは知らない場所だった。
辺りは真っ白で、こういうのを光に包まれているって言うんだろうな、自分の体の感覚もなくて、上も下も分からない。
当たりを見回してみても、小さなゴミひとつ見当たらない。
さて、ここはどこだろうか。
これからどうするべきか。
そんな事を考えていたら、何かが羽ばたく音が聞こえた。
そちらの方へ視線を向けると、俗に言う天使の羽を二対、つまり4枚の羽を広げ神様が舞い降りてきて、こう言った。
『異世界の勇者よ、私の世界を救って欲しい』
「⋯⋯うーん、なんで見ただけで神様ってわかるんだって話だよな。あー、ダメダメ。在り来りすぎるわ、この話。おっとそろそろ時間か。さてと、見回り行くかぁ」
某サイトの閲覧アプリを閉じ、スマホの画面を消しポケットに仕舞う。
深夜降り出した雨は、朝方になるとその勢いを増した。
貴志は長靴を履き、合羽を羽織ると玄関を開けた。
瞬間、雨粒が地面を叩く音が鮮明になる。
「行ってくる」
「気ぃつけやー」
「はいよー」
目指すはココから直線距離で500m先、つい一週間前に苗付したばかりの畑だ。
畑自体の水捌けはこの雨でも心配ないが、近くを流れる川が氾濫すれば大事だ。
流木や草、ゴミなどが貯まればそこから水が溢れる。
だからこうして、何時間か置きに見回りをしている。
軽トラに乗り込みエンジンをかけ、ワイパーをMAXで動かすと慣れた道を走る。
家の敷地を出れば周囲は全て畑で、全てうちの土地だ。
爺さんの爺さんの代から、この場所で農家をやっている、生粋の農家の長男。
弟二人は家を出て普通のサラリーマンをしている。妹は今、海外留学中だ。
農家と言えば一昔前は休めない、重労働、儲けなしなど言われたものだが今は違う。
初期投資は掛かったが、AIやドローンなど最先端技術を上手く組み込んで、労働時間の短縮、品質の改善、収穫量の増加を果たし、親父の頃より収入は何倍にも増えた。
また、株式会社化し、農業に興味を持っている若者や田舎暮らしを考えている人たちを雇用、労働者を確保する事で休日も取りやすくなった。
両親は半分リタイヤし、家の近くの畑で自分達が食べるものと珍しい野菜を夫婦で楽しみながら作っている。
近所の跡継ぎのいない農家から農地の購入を依頼されて買った結果、自分でも驚くほどの土地持ちになってしまったのだが、各種作業車も農地が広ければ活躍の機会があり、遊ばせる期間が短くて済むため、減価償却の面でもいい事である。
目下の課題は、独自販路の拡大と規格外野菜の活用方法と言ったところだ。
「よっと」
サイドブレーキを引いてエンジンを止める。
ココからは気を引き締めて行かないと危険が伴う。
川の横の道を川の状態を確認しながら歩く。
3年ほど前に護岸工事を行い、ついでに川幅も広くした。
それなりの時間と手間はかかったが、農閑期で社員も対応したので費用は随分抑えることが出来た。
「うん、大丈夫そうだな」
所々に溜まっていた枯草やゴミを、長い竹竿の先に熊手を付けたような手作りのゴミ取り棒で取り除き、ある程度上流まで来た所でふと畑の方へと視線をやった、瞬間。
「うわっ!」
目を刺すような光に、思わず声が出た。
雷かとも思ったが、そうでは無いらしい。
何故なら、あの独特のゴロゴロと大気を震わせる音が一切なかったからだ。
代わりに貴志の耳に届いたのは、今まで聞いたことがないほど美しい声だった。
「ここはどこだ?」
光に焼かれた目は無意識にシバシバと瞬きを繰り返す。
暫く後、貴志が細く薄く目を開けると視線の先には人影があった。
いや、人影と言って良いのだろうか。
それは貴志から20m程離れた場所、一週間前に苗付した畑の中に立っている。
いや、正確には浮いている、足が地面に着いておらず30cmほど浮いているのだ。
それの背には2対の羽があり、羽を含めた身体全体が淡く発光している。
極めつけは、何も身につけていない。
つまり人間で言えば、生まれたままの姿と言うやつだ。
男なら良かったのかもしれないが、それはどうやら女のようで、形のいい大きく膨らんだ胸に細くくびれた腰、そしてハリのある臀部が顕になっている。
だがしかし、局所については絶妙に長い金色の髪がかかって見えないのが残念である。
貴志はあんぐりと口を開けたまま硬直していた。
それもそのはず、こんなに綺麗で完璧で貴志の好みど真ん中な女性の裸体などお目にかかったことが無い。
しかも雨が降っていて薄暗いにも関わらず、自ら発光しているおかげでバッチリ見えている。
「⋯夢、か?」
貴志がぽそりと呟くと、それは音もなくゆっくりと浮いたまま移動し、貴志の目の前で止まった。
「ここはどこだ?」
「⋯へっ?あ、うちの畑ですが⋯」
再度告げられた質問に貴志は答えたが、相手の欲していた内容ではなかったようだ。
体同様、美しい彫刻のような顔の眉間に若干の皺が寄った。
「国名は?」
「え、日本です」
「ニホン⋯知らぬな。お主、シャーダリフを知っているか?」
「いいえ、知りません。国の名前ですか?それとも人の名前ですか?」
「⋯⋯⋯」
貴志の問に答えはなかった。
不思議なのは、雨は相変わらず降り続けているのに、その音が全く聞こえないという事。
そして目の前の女性がこれっぽっちも濡れていないこと、そして何やらいい匂いがする事だ。
「仕方ない⋯⋯」
女性はそう呟いて貴志に近付いた。
貴志は後退ろうとしたが、体が動かなかった。
貴志の頬に女性の細い指が触れる。
少しひんやりとした感触が頬から伝わってきた。
それから静かに唇を重ねられた。
「神様⋯なんですか?」
「そうだ。この世界の神ではないがな」
「えーと、シャーダリフっていう世界の?」
「そうだ。で、今どこに向かっておるのだ」
「取り敢えず、俺の家に」
「そうか。それにしても随分と揺れるな」
「あー、軽トラなんで仕方がないというか、何と言うか」
貴志は自分の隣に座る女性をチラチラと確認しながら運転を続ける。
口の中に鉄の味が残っているのは、先程のキスで舌を噛まれたからだ。
男女の甘い官能的なものではなく、ガッチリと流血する噛み方だった。因みにまだ少し痛い。
後から確認したら、相手から知識を得る為には体液を摂取するのが手っ取り早いとか何とか。
それなら先に言って欲しかった。
舌を噛まれて、プチパニックを起こした貴志は後ろに転げて、危うく川に転落するところだった。
何だかんだで、その場に残していくわけにも行かず、こうして家まで連れていこうとしているのだが、さてこの先どうしよう。
軽トラに乗る際に羽が邪魔だと言って羽を仕舞った?ので、今の見た目は普通に超絶美人の外国人さんという感じだ。
因みに発光していたのも抑えて貰ったし、浮くのも辞めていただいた。
だって人間は浮いたり発光したりしないので。
「シャーダリフに戻る宛はあるんですか?」
「んー、今の所ないな。この世界の神ならわかるかもしれんが」
何でも、自分の世界で無ければ神の力?はほぼ使えないらしい。
だから、この世界の情報を得るのも、物理的な取得が必要だったとのこと。
自分の世界であればそんな事をする必要はなく、頭の中で願えば情報を手に入れることができるんだそうだ。
やっぱ、神様ってすげえ。
「ならすぐにわかるんじゃないですかね。だって日本には八百万の神様が居るんですから」
「⋯あー、その神と私の言う神は別物だな」
「え?」
「私の言う神はこの世界を管理している神であって、お前の言う神はその神の下の更に下にいる神のような存在だ」
「マジかぁ」
八百万の神様にすら会ったことないのに、その上の上とか、何か絶望的じゃないだろうか?
あ、でも同じ神様だしどうにかなったりするのかな?
「気長に待つしかなかろう。運が良ければお主が生きている間に会えるかもしれん」
「俺が生きている間にって、平均寿命から行けばあと50年くらいだけど、え?俺、早死する?」
「それは知らんな。この世界の神が我の存在に気付けば良いのだが、この状態では八百万の神とやらとあまり変わらん。そうなれば気付くことも興味を持つことも難しいだろうな」
「あ、え、その場合シャーダリフは大丈夫なんですか?管理人不在で」
「大丈夫かと言われれば大丈夫では無いが、まぁどうにかなるであろう。神などいなくても世界は廻るものだ。で、着いたのか?」
「あ、はい⋯って、待って待って、まだ降りないで!」
この状況を親に何と説明すればいいんだ?
それにこの人素っ裸のままなんですが!
「何だ?服か?」
「え、はい、そうなん⋯⋯エェェェ!」
「騒がしい奴だな」
そりゃ騒がしくもなる。さっきまで裸だったのに今は服着てるし。
素肌にサマーセーター、しかも色は白、そして肌にピッタリ貼り付いたスキニージーンズとヒール高めのサンダルとか、俺の性癖ど真ん中なんですけど!
「お前から得た情報を使わせてもらったぞ。後はそうだな、私はお前の恋人ということにすればいいだろう」
「こ、恋人!」
「何だ、不満か?」
「い、いいえ」
「アメリカ人とでも言っておけば、多少常識がなくても問題なかろう。そうだな、私のことはエマと呼ぶがいい。私はお前をタカくんと呼ぼう」
にっこりと微笑んだエマの笑みに、貴志は釘付けになった。
「じゃあ、行こう?タカくん」
顔を少し傾けて、上目遣いで貴志を見つめるエマに貴志は無言で頷いた。
あぁ、神様、俺今凄い幸せです⋯じゃなくて。
あれだ、夢だ、コレは絶対夢だ。
夢じゃないなら、きっと神様が舞い降りてきて、こう言ったはずなんだ。
『お前の夢を叶えてやろう』ってさ。
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(´-ι_-`) 神様が異世界転移!
7/27/2024, 5:54:12 PM