シンビジウム

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【落ちていく】

「逃げたいな」

聞き間違いかと思ったけど、確かに聞こえてきた。

「どっか行く?」

視線が彷徨ってから、ゆっくり答えが返ってきた。

「…海」
「行こっか」

電車に揺られながらふと隣を見る。
感情が見えない瞳を見つめていると、目が合ってしまった。

「なに?」
「…ううん。もうすぐ降りるよ」

ほとんど無理矢理着いてきて、何ができるのだろう。
僕に、何ができるのだろう。
こんなに近くにいても、どんなことを思っているのかきっと半分もわかっていない。
マイナス思考に引っ張られてきて、自信がなくなってきたころ。
電車が目的の駅に到着した。

砂浜に腰掛けて、海を眺める。
寄せては返す波が傾いた太陽にきらきら反射して、目が痛くなった。
周りには誰もいない。
二人だけ、の雰囲気の中で会話がなかった。
着いて来たらだめだったかな。
言葉が喉元まで出てきて止まる。

ぽろぽろ泣いていた。
声を出さないようにか唇をきつく噛みしめて。

とっさに声が出なかった。
今はどんなことを言っても傷つけてしまう気がした。
持っていたタオルを頭に掛ける。
一瞬涙が止まって、また溢れた。

「声おさえなくていいよ」

そう言っても、明らかに耐えている泣き声がうっすら聞こえてきた。
つらさがわからない僕が、言っていい言葉なんて見つからなかった。
何もできない無力感でいっぱいだった。

「…消えたい」

涙声のまま、ぽろりと落ちてきた。
そのまま海に溶けてしまいそうだった。

「…うん」

否定しない相槌しかできなかった。

「…変わらないでほしい」
「変わらない?」

夕日が水平線にじわりと滲む。

「変わらないって、どういうこと?」
「俺らの関係性だけは変わらないでほしい。…ごめん」
「なんで謝るの。だめじゃないよ」

自信なさげにうつむく姿がいつもと違いすぎて、焦ってくる。

「未来のことはわからないけど、僕が離れることはないよ」

やっと目が合う。

「…ありがとう」

ちょっとは安心させられたかな。

「夕日が綺麗だよ」
「綺麗だな」

目の前でゆっくり日が沈んでいく。
壮大な風景に心が洗われる感じがした。

「そろそろ帰ろ」
「寒くなってきた」

どちらともなく立ち上がる。
行きではうつむいていた顔が前を向いていて、来てよかったのかなと思った。

「また、来よう」
「うん、また」

さりげなく次があることを確認して、来た道を戻り始めた。
                       fin.

11/24/2024, 8:22:57 AM