名前の無い音

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『電話』


『婚約したんだ 結婚が決まったんよ』

先輩から電話が来た時 私はたぶん
目一杯 頑張った

「本当ですか?やっとじゃないですか!
おめでとうございます!」

大好きな先輩とその彼女さん
二人ともに 私はとてもお世話になった

『大好きな』って言うと
誤解されそうだけど 別に 奪いたいとか
別れたさせたいとか そうじゃない

本当に 本当に お似合いの二人で
私は 二人とも大好きだった

もちろん わたしなんか 子どもだし
相手になんかされるわけもなく

二人にとっては 妹みたいなもの
わたしは いつも二人を
素敵だなぁって思って 見ていた


ただ……ただ……

私の
心の
奥の
底の
下の

ずーっと ずーっと隅の方に
誰にも気づかれないように
押さえつけて 隠していた 気持ちが
あったんだ


「本当に おめでとう ございますっ…!
良かった 良かったっ!……」

電話だから 見えないよ
だからさ
ちょっとくらいなら
わからないさ

わたしの目から ホロホロと
涙がこぼれた

なんで泣くの?
なんで?
嬉し泣き?嬉しいの?

………

違うよ
違うじゃん
素直になれよ 認めろよ


一瞬 無言の時間が流れた
その時

『……ごめんな』

突然 先輩が言った

『………喋らなくていいから ちょっと
こっから俺の勝手なひとりごと な

……知ってたよ
知ってたから 一番最初に 俺の口から伝えたかった
それだけ ……
違うかもしれないけど……
それだけ……』

私は 黙って 唇を噛んだ
息を飲み込んで ゆっくり吐き出す

「はぁ?なんの事ですかっ?
なにいってんだか さっぱりわからんですよ!
なに かっこつけちゃってるんですかっ!
笑える~!!」

わざとらしく 笑ってやった

『……マジかー!そうかー!違うかー!
いや いいんだ いいんだ
ひとりごとだからさ

なんだよ 残念だなぁ
たまには格好つけさせてよ
独身最後に 言ってみたかったのさ!

……悪かったね
ま そーゆーことで 今から他にも連絡入れなきゃ』

「了解で~す!ありがとうございました!
おめでとうございます!何かみんなでお祝い考えますね! お幸せにっ!!」

電話を切る

切った瞬間に わたしは
声をあげて 泣いた

溢れる涙で 溺れそうになりながら
声をあげて 泣いた

好き 好きです
大好きです

叶わないのは知ってた
絶対に叶わないのは知ってた

だから 一番奥底に封印したのに

バレてたの?
気づかれてたの?
いつ?
どこで?

泣きながら ベッドに伏せる

大丈夫 大丈夫
誰にも見られてないから

この気持ちを また
箱に詰めて 心の底に沈めてやろう

大丈夫 大丈夫
明日になったら きっとまた 笑えるから
笑ってみせるから

だから 今日だけは
もう少しだけ 泣かせてください


「ごめんね」

あなたの優しさを
あなたの言葉の意味を
私は ちゃんと 知っていました

5/29/2022, 6:29:52 PM