懐炉 @_attakairo

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 今朝も最後のことばを綴る。
 蝋を垂らして口封じ。

「先生おはよー」「いってきます!」
「いってらっしゃい」
 気をつけて。言ったそばから一人転んだ。ちぎれそうなほど手を引かれて、また走り出す。
 ――子どもが元気なのは、村がしあわせな証拠。
 かつての言の葉が凛と鳴る。
 澄んだ音をふかく吸い込み、私もやや駆け足になった。

「ずいぶんと急いできたのね」
「おはようございます、聖女様」
 気まずさを払うように、片手で前髪をととのえる。なぜか伝染したようで、互いの視線がすれ違った。
「貴方はいつもそう呼んでくれるけれど、なんだかくすぐったいわ」
「子どもたちは何と?」
「おばあちゃん、が多いかしら」
「彼らに郷土史を説きなおす必要がありそうですね」
「あら」
 わたくしは気に入っているのよ、と口元に手を揃えて。笑いかたはずっと変わらない。
「平和っていいわね。ひどく穏やかで。貴方もそう思わない?」
 ええ、思います。答えながら手元を探る。
 封書はあった。
 二度とひらかれないように。

「ありがとう」
 恋文をもらう手つきで封蝋をかざし。「いい香り……」
 少しして「これも焚べることになるのかしら」と眉が下がった。「そうしてください」と頼み込む。

「きっとわたくし、貴方からの手紙を読むことなく終わるのよ。ほんとう、人生って儚いのだわ」

 さめざめと泣き真似、けろりと菓子を摘まみ。「まあ人間誰しも死ぬものよ。そんなに焦らなくったっていいじゃない」

 言の葉が、嗚呼と鳴り。
 ふかく頭を垂れる。
 聖女様には全てお見通しのようだ。
 幼な心も、諦念も。

「貴方、昔からちっとも変わらないわ」
 蝋の縁がつつかれる。つやりとした爪先は何処かうわの空で。
「墓場まで持っていくのも駄目かしら……」
 どうかその手で灰にしてください。穏やかに告げた。

【秘密の手紙】

12/4/2025, 12:26:17 PM