【モノクロ】
『こんにちは。
いつもテレビで見て元気をもらっています。
先日拝見した「卒業」のネタ、すごく面白かったです。特に中盤の迫真な表情、シュールで笑いました。
以前見た時よりもすごく面白くなっていて、
温かい気持ちになりました。
出会えてよかったです。
おかげで笑いが絶えない毎日です。
沢山笑わせてくださり、ありがとうございます。』
*
文字を書く手に力が入らなくなったので、
一度ペンを置く。
テレビではお昼の情報番組が放送されていて、そこにゲストとして若手芸人が出ている。ネタがとても面白くて、賞レースやバラエティ番組にもよく出ている、とても人気な芸人らしい。
僕が書いているのは、この人に宛てたファンレターだ。手紙なんて初めて書くので、何て書いたらいいのか分からず、何度も何度も書き直す羽目になっている。
実は、この人がやるネタを僕はこの世界の誰よりも早く、1番に見たことがある。
僕は人生の多くの時間を病院という、まるで白色だけで構成されたような、モノクロで単調な空間で過ごしてきた。
僕は余命のある病気だった。
両親や病院の人にはすごく感謝している。どうにか良くなるように、と沢山手を施してくれた。ありがたかったし、その気持ちが嬉しかった。
僕だって何とか元気になっていつかお礼をできたらな、なんて思っていた。けれど、どこかで諦める自分もいた。窓の外に見える、楽しそうで色鮮やかな世界。僕はあの窓の向こうには、到底行くことができないんだろうな、と不貞腐れたりもした。
だけど、そんな単調な日々を過ごしていた僕を、君がたくさん笑わせて色付けてくれた。
*
骨折して少しの間だけ入院することになった君とは、病院の談話室で出会った。歳の近い子たちで集まって度々談話室ではレクリエーションが行われる。
「行きたくないよ、レクリエーションなんて」
「そんなこと言わずに。見るだけでも面白いと思うよ」
気分が乗らない僕を看護師さんが連れ出してくれた。
「ばああ!」
レクリエーションの中で、誰よりもふざけて、大声をだして、目立っていたのが君だった。君はつまらなそうに端の方に座る僕に目をつけ、何度も何度もふざけた。何度も何度もギャグを見せてきた。
面倒臭い奴に絡まれたなと、僕はため息をついた。それでも君はふざけ続けた。
「ばああ!」
君は何度も可笑しな仕草をしながら、僕の目の前に立ち塞がる。
そのうち僕も意固地になって、絶対に笑うもんかと口のへの字に曲げる。そっぽを向いたりもした。けれど、視界の端に映る君が負けじと変顔をしてくるものだから、つい絶えきれずに笑ってしまった。
君は嬉しそうだった。
それからは君は僕の病室をたびたび訪れては沢山笑わせてくれた。初めての友達だった。
君がくると白色一色だけだと思っていた部屋が、いろんな色でできていることを知った。君が笑うと、両親が飾ってくれた花が色鮮やかに映った。君と笑うと、部屋中の白は病に侵された僕を冷ややかに笑っているのではなく、温かく優しく僕らを包んでくれているように思えた。
骨折が治ると君は退院していったけれど、その後も稀にお見舞いに来てくれたりして、交友は細々と続いた。
君が高校を卒業する年、僕に見せたいものがあると言って、部屋を訪れたことがあった。
そこで、君が芸人を志していて、上京することを知った。
「会えなくなるのは正直寂しくなるな。昔からおもろかったもんな。向いてると思うよ、芸人」
僕が言うと、君は照れくさそうに笑う。
「早く売れていっぱい活躍するから。そこのテレビでも見れれば寂しくないやろ」
「うん。テレビよく見とくわ。治ったら、元気になったら、絶対劇場にも行くな」
君は大きく頷くと、そろそろ帰ると席を立った。
「なぁ、東京行く前にネタ見せてよ」
「えー!まだ考えたばっかりなんだけどなぁ」
僕がわがままを言うと、恥ずかしそうにしながら君はネタを見せてくれた。
*
先日、気まぐれでつけた番組で、君が映って驚いた。
あの時のネタが、あの日見たときよりも何倍も面白くなっていて感動した。もっと色んな君のネタを見たいと思えた。僕は生きたいと思えた。諦めたくないと思えた。
明日僕は手術をする。上手くいって、もしも体調が良くなったら、そのときは——。
これから沢山の人に笑顔を届ける君へ。
一度置いたペンを持ち直す。
震える手で文字を綴る。書き損じが何枚もある。
何回だって書き直そう。君に伝えたい気持ちが沢山ある。
ただでさえ忙しい君が毎日届く手紙を、1通1通読んでくれるかは分からないけれど。忙しい君の目に、とまりますように。君がもし僕の手紙を拾い上げてくれた時、なんて書いてあるのか、なんて君に余計な苦労をかけないように。
深呼吸をして、ゆっくりゆっくり文字を書く。
『最後になりますが、今後ともお身体に気をつけて。
いつまでも応援しています。』
白い便箋に黒いペン。モノクロで味気のない手紙。
本当は色ペンを使ってカラフルにしたかったけれど。
ところどころ掠れたり、ミミズのような文字だけど。
これが、僕が君に送る最初のファンレターです。
9/29/2025, 1:52:08 PM