薄墨

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「私ほど、あなたを愛している者はいないわ」
きゅっと目を釣り上げて、艶やかに笑うささやきは、天使のささやきか、悪魔のささやきか、分からなくて。
何かを企んでいるのか、それとも本当に私を想ってくれているのかも分からないから。

そのシャム猫みたいな素敵な笑顔に、私は変わり映えのしない、曖昧で精一杯の、ゴミみたいな笑顔で、「そうだね」と答える。

背が高くて、美しく、頭脳明晰で、ミステリアスで、気品のある、皆の憧れだったあなたが、どうしてこんな私にいつまでも、付き纏っているのかも、私には分からない。

「ごきげんよう」
高校一年の教室、あなたが私の隣で優雅にそうささやいた時、冴えない高校生の私はすでに孤立していた。
なんてことはない。自業自得だ。

その時私は、ずっと初恋を拗らせていた一歳年上の幼馴染の異性に、土下座までして関係を持っていた。
幼馴染は私のことを見ていなかったのに。
プライドも外聞もなく、ただ、幼馴染の何者かでいたいがために、私は、幼馴染の都合の良い女でいたのだ。

それが、学校中に知られていたから。
私は孤立していた。
当たり前なのだ。
同性目線で客観的に見たら、私のような、恥も外聞もプライドも貞操もない、そんなバカ女、誰も好きにならない。
誰も。
同性も、先輩も、後輩も、同級生も、幼馴染だって。

でも、私はそうすることをやめられなかった。
こんな最低な関係を受け入れる幼馴染のどこが好きなのか、自分でも分からなかったけど。
それでも私は幼馴染が好きだった。
離れたくなかった。

というわけで、当時、世界の全てから嫌われていたこの私に、あなたは声をかけてきたのだ。
全く普通に。
シャム猫のように目を釣り上げて、優雅に笑って。

それから、あなたは私に付き纏うようになった。
いつも人に囲まれているくせに、移動教室やトイレや帰宅の時には、いつの間にか、しゃなりと猫のように私の横に現れて、隣で歩いている。
そして、シャム猫のような笑顔で、「好きよ」なんて吐く。
周囲の人間は、遠巻きに見ていた。

それはずっと続いた。
社会人になって、しかし相変わらず幼馴染との関係を続けながら、一人暮らしには躊躇するような収入で働く私に、「シェアハウスをしよう」と救いの手を持ちかけてきたのも、あなただった。

「なんで、そんなに私となんかいるの?」と何度も聞いた。
その度にあなたは、目を釣り上げた、優美なあの笑顔で私にささやくのだ。
「あなたが好きだから。愛しているからよ」

あなたは、私と幼馴染の関係にも何も言わない。
幼馴染がもうすぐ結婚する、という話が同窓会で出ていても、
私が幼馴染に呼び出されて、家を出る時も、
「あなたの好きにしたらいいの」
シャム猫みたいな気品に溢れたあの笑顔で、いつも私にそうささやく。

正直、私には分からないのだ。
私がなんで幼馴染との関係を続けているのか。
なぜここまで、あなたが私を気にかけてくれているのか。
あなたのささやきは、嘘なのか本気なのか。
分からない、分からないことだらけだ。

こうしている間も、あなたは私に顔を寄せてささやく。
「今日のディナーはあなたの好物にしましょう。もうすぐ誕生日が近いの」
シャム猫のような、柔らかく優美な笑顔で、あなたはささやく。

私はそのささやきに込められた本当の意味も好意も、半分も受け止められずに、頷く。

私の隣で、あなたは優雅に鼻歌を口ずさんでいる。
高校の時から変わりなく、本当に私といることが楽しいかのように。

私にはあなたのささやきの真意が、理由がわからない。
きっと、私には一生分からないのだろう。

4/21/2025, 9:56:08 PM