記憶の地図を頼りに歩く。
悲しいような、嬉しいような思いとともに。
町は様変わりして、記憶に残るそれとは大きく変貌していた。
遠い日、君と歩いたこの道。
僕も君もまだ若かった。
あの場所から、駅まで。
僕達二人の人生の、始まりとなった道。
今はその道を、駅から逆に辿る。
もう隣に君はいない。
数年前に、僕より先に人生を終えた。
米寿を迎えた翌年のことだった。
記憶の中の君は笑っていた。
隣には幸せそうな僕がいる。
向こうから、二人寄り添うように歩いてきて、僕とすれ違った。
振り返れば、もういない。
たくさんのものを失った。
だから、始まりの場所を見てみたいと思った。
もう終わりゆく人生だからこそ、始まりの場所を見ておきたかった。
僕と君の、始まりの場所を。
橋を渡り、踏切を越え、記憶の場所に辿り着く。
僕達が、夫婦の誓いを立てた結婚式場。
そこにはもう、まったく別のビルが建っていた。
…そうか、すべての思い出は崩れ去っていたんだな。
記憶の地図を消してゆく。
もう、これからの人生には必要ない。
新しい地図もいらない。
君との思い出だけを抱きしめて、静かに生きていこう。
6/17/2025, 12:09:23 AM