手紙
町のタイムカプセルが開けられたのは、当初の予定通り、封印の20年後であった。
町制50周年記念のイベントの一つとして、町民から集めた手紙を、カプセルに入れる。
タイムカプセルは地面に入れたりせず、役場庁舎のガラスケース入りで展示し続けられた。
展示には、「20年後に開封予定」と明記されていた。
そのかいあって、忘れられることなくきっちり20年後に開封され、中の手紙を郵送することとなったのだ。
「これ、切手足りませんね。これもだ。」
去年入庁したばかりの若手職員が、開封したカプセルの中身を見て不思議そうにしている。
切手が足りないとは、郵便料金のことだ。
「当時はそれで届いたんだ。郵便料金が上がったからな。」
年嵩の職員は、これがジェネレーションギャップか、と内心思った。しかし、顔には出さない。
「足りないのはどうするんですか?」
「予算から切手を購入して追加するしかないだろ。あと、そもそも宛先が今もあるかどうかって問題もあるぞ。」
「え〜。そんなの一つずつ対応していくんですか?」
「 いや、この仕事、何だと思っていたんだよ。」
「 フタを開けて、ポストに投函したら終了かと。」
「 そんなわけ無いだろ。宛先だって変わっているかもしれないのに。」
若手職員と年嵩の職員は手分けして封筒から分かる住所、宛名、切手を表計算ソフトに入力していく。
一覧にして、不足した料金を集計し、支払の伺いを立てるのだ。
「 これで、昔の手紙をもらって、何か意味あるんですかね?」
「 手が止まってるぞ。」
若手職員は、この作業が好きではないのか、文句を溢す。
結局、この作業を終え、切手を購入して全ての手紙を送り終えると、タイムカプセルを開けてから1週間は経っていた。
*
若手職員も、役場を離れると一人の若者だ。
アキラと言う。
そして、家に帰ると長男であり、夜中まで帰ってこない両親に代わり、年の離れた弟妹の面倒を見ている。
( いくら年が離れていても、そろそろ夕飯くらい交代制にならないかね。 )
内心思いつつも、そういえば、自分が子どもの時は祖母がまだ生きていたから、料理などしたことがないことに思い至り、黙った。
「 兄貴、手紙入ってたよ。」
弟が手渡してきたのは、切手を追加貼りされた封筒。
裏を見ると、10年以上前に亡くなった祖母の名。
宛名は、自分だった。
( これは、タイムカプセルか。先輩、黙っていたな。)
おそらく年嵩の職員が担当した手紙の山に、自分宛ての手紙が混ざっていたのだ。
すぐそばに本人がいるのがわかっているのだから手渡せばいいのに、知りながら黙っていたに違いない。
( 夜に読もう。)
料理しながら読むのもどうかと思い、弟妹が寝てから開けようと、ポケットに入れた。
*
手紙。
両親には、手紙のことは、まだ黙っていた。
両親宛の手紙がなかったからかもしれないし、まだ内容を知らないからかもしれない。
夜、弟妹が寝入り、両親も帰宅したので、布団に潜りつつ封を開ける。
行儀は良くないが、誰も見ているものはいないのだ。
『 大きくなったアキラへ』
( そうだ、こういう字だった。)
字を見て、小さな頃を思い出す。
『 この手紙は、20年後に開けると聞いたので、アキラはもう立派な大人になっていると思う。
なんと書いていいか迷ってしまう。
まだ、私は頭もハッキリしているが、20年後はかなり怪しい。
死んでいるかもしれないし、生きていてもボケているような気がする。
私は今65だが、父、つまりお前の曾じいさんはは80で死んだからだ。
そうだ。野球選手にはなれたか?
小さなお前には、難しいことを言いたくなかったから言わなかったが、スポーツ選手になるのは、難しい。
どこかで諦めていたとしても、それは不自然なことじゃない。
例え諦めたとしても、それまで努力した事実は消えない。
ともに頑張った友達は消えない。
夢を追った時期は、仕事に疲れたときの、お前のかけがえのない財産になるだろう。
他でもない、私がそうだったからだ。
もし、本当に野球選手になっていたら、こんなことを書いてすまない。
心から称賛する。
私からお前に、何か残せていたらいいと思うが、息子ほどには孫とたくさん話ができていないのが、最近の悩みなんだ。
もし私まだ生きて元気だったら、この手紙を見せて話をしてほしい。
孫に話をされて、不機嫌になることはないはずだ。
最後に、何を書こうか。
息子もいい年だし、お前には兄弟ができないだろうから、せめて家族を大切にしてほしい。
仲良く元気に暮らしてほしい。
たぶん、それがいちばん大事なことだ。』
*
翌日、年嵩の職員は、若手職員、アキラが妙に積極的になっているように思った。
何か喋りたいような、ウズウズしているような、浮ついているような。
何か言いたいことでもあるのだろう。
「 先輩、タイムカプセル、またやりませんか?」
これは、仕事に楽しみを覚えた顔だ。
「 何だかやる気じゃないか」
「 おれ、この仕事、好きかもしれません。」
「 そうか」
年嵩の職員は、しかし、あれは50周年記念行事なので、もしかすると次は100周年記念かも、とは、口に出さない分別を弁えた。
1/31/2024, 9:59:43 AM