『お金より大事なもの』
風呂上がり、リビングのソファでひと息ついたとき。
ヒマワリのタネのクッションを抱えながら、彼女が俺の隣に腰をかけた。
互いの間に、いつもより少し広い隙間ができる。
こういうときは大抵、彼女が中身の伴わない会話を切り出すときだ。
その証拠に、彼女は落ち着きなさそうに小さな足をフラフラと揺らす。
「ねえ。お金より大事にしてるものってある?」
「お金より大事なもの、ですか」
これは、また哲学的なことを……。
どうとでも答えられるし正解はないから、彼女の機嫌を損ねることはないはずだ。
それでも、ごまかそうと取り繕ったり、話題を逸らして逃げることは許されない。
俺は少し考えたあと、彼女との距離をピッタリと詰めた。
「気持ち的にはあなたなんですけど、あなたを大事にしようとするがために、どうしても優先順位が入れ替わってしまうことはあります」
答え終えると、彼女の顔が険しくなる。
「人を金のかかる女みたいに言うのやめてくれる?」
納得がいかないといわんばかりに、彼女はヒマワリのタネのクッションを武器にして、俺をバフバフと攻撃してきた。
しかし、納得がいかないのは俺のほうである。
「は? 貢がせてくれないのはそっちでしょう。俺の言葉でとんでもない解釈するのやめてください」
「れーじくんにだけは言われたくないセリフだな?」
ヒマワリのタネのクッションを没収しながら、弁解する。
「そうではなく。恥ずかしながらここ最近の物価高のせいで、推しを形成するために必要な食事や生活水準の維持、推しが輝くための身だしなみとそれに伴う撮影費、推しを推すためのグッズの自作……、油断すると金額が跳ね上がります」
「ん? 推しって私のことだよね?」
「当然です。ようやく自覚していただけましたか? うれしいです」
「なら、今すぐ生活水準の維持以下の内容は切り捨てろ」
「俺に死ねと?」
「なんでだよ。こっちは全部切り捨ててもいいんだぞ」
「もしかして譲歩のつもりでいたんですか? あれが? 正気ですか?」
「そんなふうに至れり尽くせりに扱わなくても、私はちゃんと生きていける」
「それはそうでしょうね」
危なっかしさはあるものの、彼女がひとりで生きていけることくらい、理解しているつもりだ。
ツンとそっぽを向いてしまった彼女の肩を抱き寄せる。
「だからこそ、俺と一緒に生きてくれることを選んでくれたあなたには、感謝してもしきれませんよ」
恥ずかしそうに、俺から視線を逸らした彼女は薄い桜色の唇を尖らせた。
「……いきなりその言い分は、ズルじゃん」
先にかわいいことを言い出したのは彼女のほうである。
俺はたまらずに、赤くなった彼女の頬にそっと唇を乗せた。
3/9/2026, 7:58:41 AM