いろ

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【ススキ】

 濃藍の夜空に浮かぶ黄金色の満月。今日のそれは特別に大きく、月影が世界を鮮やかに照らし出す。お酒とお団子を供えた祭壇の前へと恭しく進み出て、手の中のススキをそっと捧げた。
 どれだけ美しい花を飾っても姿を現さない尊きお方は、何故か幼い私が誤って祭壇へと置いてしまったススキを気に入られたらしい。唐突に眼前に姿を見せたこの世のものとも思えぬほどに麗しいお方に、当時の私は唖然とすることしかできなかった。
 かつての私にとって、風が吹くとサラサラと揺れるススキは一番好きな植物だった。祭壇には美しい植物を供えるものだと聞いていたから、大人たちの意図も知らぬままに私は私にとって最も美しい植物を興味本位で捧げたのだ。それから毎年、満月が地上に最も近づく夜になると、私はこうしてススキを捧げにくる。
「――ああ、もう一年になるか」
「はい。この一年、私たちをお見守りくださりありがとうございました」
 私はもう大人になった。この方が神と呼ばれる存在で、私たちはこの方のご加護があってこそ穏やかな日々を享受していることをとっくに知っている。こんなススキ一本でなく、この方の注いでくださる恩恵に見合った豪奢なお供物を用意するべきなのではないかという理性も働くようになった。
 それでも供えられたススキを手に取り、愛おしそうにクルクルと回すこの方の眼差しがあまりにも優しいから。私は毎年、風に揺れたときに最も美しいススキを一本大切に選び取って、丁重にこの方へと捧げている。
 満月を背負う、冷ややかでありながら誰よりも慈悲深い私たちの神様。どうか貴方の日々も穏やかで幸福なものであってくれれば良い。いつだって寂しさの滲む貴方の横顔を仰ぎ見ながら、私は心の中でそう祈った。

11/10/2023, 11:48:36 PM