安達 リョウ

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繊細な花(A Queen of the Night)


「月下美人?」

………まぁたお嬢様が妙な趣味に走り出した。
下っ端執事の俺はあからさまに眉を顰める。

「そうよ知ってる?」

―――広大な庭に巨大なパラソルを広げ、日光浴に勤しむ彼女の脇で俺は知るかと内心毒づいた。
「存じ上げませんねえ」
「勉強不足」
即座に言い返されてケッと表情を歪める。
もちろん、バレるような失態は曝さない。

「中米の花なんだけどとっても繊細でね、夜にしか咲かないの。白くて美しいのよ、わたしみたいに」
「はあ」
白くて美しいまではわかる。わたしみたいにって何だ。
そりゃあんたは美人だけど自分で言うかね?普通。

整った横顔をちら見して、俺はすぐに視線を逸らした。………そんな顔かよとは到底突っ込めないほどに、彼女の容姿は整いすぎていた。

「でね、その月下美人を用意してもらいたいの」
「左様ですか。いくつほど?」
「そうね。500もあればいいかしら」
「はあっ!?500!?」
―――このお嬢様は花を用意する時、人様用以外は基本鉢植えを所望する。
………鉢植えで500だと? しかも中米の花って言いやがったな。日本じゃ500揃えんのはムリだろ………。海外発注しろって?
手続きが面倒でややこしいんだよ、花は特に!
つうかそもそも何に使うんだそんなに。

「庭に並べて、夜に花が咲く瞬間の観賞会をするの。月下美人はその名の通り月夜の下に花を咲かす傾向にあるのだけど、上手い具合に夜に花開くかはわからなくてね。その誤差を差し引いて、500」
………誤差差し引いて、ケタ一つ減らしても充分な気がするが。
「なーに、出来ないの?」
「いいえ。仰せのままに」
俺は恭しく頭を垂れる。
―――執事駆け出し初っ端の頃に、このお嬢様に楯突いて大喧嘩した挙げ句上から大目玉を食らったことは一生忘れない。
それでクビになるどころかなぜか気に入られて、お嬢様専用の執事に抜擢されるのだから―――人生、何があるかわからないと思う。

「月下美人は新月や満月の夜を好むの。次の満月がそろそろ近いから、それまでに用意して」
「承知しました」


「満月までって、あんの鬼畜お嬢様め………!」

調べたらあと半月しかねーじゃねえか!
くそぅ、と愚痴を吐きつつも手配の手は休めない。
………受けた以上、無理でしたでは通用しないのだ。
それが彼女の逆鱗に触れると身に沁みてわかっていたし、―――それに。

『………ごめんなさい』

………あの大喧嘩の後。
今にも泣きそうな表情で、戒めだと上から打たれて赤く腫れた俺の頬を―――ハンカチで冷やしてくれた彼女。
そう。根の優しさも、嫌という程わかってる。

ちっ、と短く舌を打つ。
―――俺はそれから発注に没頭した。


半月後。
空には綺麗な満月。庭には500揃えられた、白い可憐な月下美人。

「うん、素敵。綺麗ね」

………どうやら満足してくれたようだ。
違法ぎりぎりの手回しで期日に間に合わせた甲斐があった。報われてよかった。
「―――ですが大半が蕾か、もう開花済みのものも多く見受けられます」
申し訳ありません、と頭を下げると彼女は首を振って笑った。
「わたしが無理を言ったのよ。………それより、月下美人の花言葉を知ってる?」
「花言葉? ………いえ」
「勉強不足」
………またもびしりと言い返されて、俺は内心ケッと悪態をついた。

「花言葉は“儚い恋”“ただ一度会いたくて”よ」
「随分としおらしい花言葉ですね」
俺を我儘にこき使うお嬢様には不釣り合いでしかなくないか?
「あと、“強い意志”“秘めた情熱”とかもあるわね」
―――ああ。それは何か納得。

「………満月の夜に願い事をすると叶うって言うじゃない? もしこの中のひとつでも今花開いたら、願いが叶うかもって思ったの」
願い………ねえ。
そう上手くいくかねえ、と思ったがその内のひとつに目が止まった。

今にも咲きそうな気配がある。

「お嬢様、あれがもう今にも咲きますよ」
「―――どうか神様」
彼女が俺の袖を掴み、月下美人の開花を見守る。

「今隣にいるこの人が、わたしを好きになりますように」

うんうん、お嬢様が俺を………
―――ん?

「す、好きに?」
「そう。好きに」

は!? どういうこと!?!?

思わず俺が一歩身を引こうとすると、彼女はすかさず身を乗り出し俺の袖を離すまいとさらに強く握り締めた。

「わたしに無理です、とは言わないわよね?」

―――我儘で。鬼畜で。
それでいて繊細で。見目麗く。

狙った獲物は逃さない、ひと。

………驚きのあまり俺が動けないのを知ってか知らずか、彼女はにこりと笑ってその両腕を俺の首へと回すのだから始末に負えない。

俺は顔を引き攣らせたまま、さらにその場に固まった。

―――満月の下、月下美人が咲き誇る。
“儚い恋も強い意志で突き貫く”、と。

白く清いその身を堂々と、夜の闇に映し出していた。


END.

6/26/2024, 3:42:50 AM