「梨のシャクシャク、と林檎のシャクシャク、は違うよね。みんな違わないって言うんだけどさ」
私の隣で梨の皮を剥きながら、彼女は言った。
「まぁ感覚は人それぞれだから」
彼女が差し出した一切れを受け取りながら、私は答える。今年初めての梨は不器用な彼女の手の中で、少しぬるくなっていた。
「私は梨食べてると時々口の中が痒くなるんだけど、でも好きだから食べちゃうんだよね」
「梨でそうなる人初めて見たよ。パイナップルでなる人は知ってるけど」
「うそ!?」
「ほんと」
驚きに声を上げる彼女の唾が飛んだが気にしない。
それより彼女の言う〝梨と林檎のシャクシャクの違い〟を考える。林檎を食べた時の感覚を思い出そうとするが、上手く出来ない。梨を食べながら、だから当然と言えば当然か。
「やっぱり感覚って人によって全然違うんだねえ」
シャクシャク音を立てながら、彼女は梨をいくつも頬張る。
「今度、梨と林檎一緒に買ってきて食べ比べてみようか?」
「それいいじゃん!」
目を輝かせて彼女が笑う。
「美味しそうなのがあったら買っておくよ」
「やったね!」
シャクシャク、シャクシャク。
ニコニコと笑いながら梨を頬張る彼女の傍にいるだけで、私は幸せで胸が一杯になる。
――そう、梨と林檎の違いが分からないことなど、気にならないくらいに。
目が見えない私は、味が分からない私は、彼女の感覚から伝わる世界だけが何より大切で。
それ以外の何を無くしてもいいと、本気で思っていた。
END
「梨」
10/14/2025, 3:51:18 PM