水上

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「これは当たり前じゃない。慣れてはいけませんよ」
転職後、初めて単独で仕事を終えた時、柿原さんからかけられた言葉。それはそうだ。人のつながりを絶つなんて真似、当たり前なわけがない。

「純くん、あれ見えますか?あの赤いの」
今回の仕事は先輩のサポート役。ターゲットを待つ徘徊の最中。隣りを歩くこずえさんが視線で示す、その先。一組の男女の姿があった。目を凝らすと、こずえさんが言う「赤いの」は簡単に見つかった。

あたりに人気はないが、万が一にも周囲に怪しまれることのないよう僕らは、ひそめた声を交わし合う。

「わ、あれってもしかして、有名な…?」
「そうそう、それです」

まじまじと見つめるわけにもいかないから、見たのはほんの数秒。それでもふつふつと胸に驚きと感動の入り混じった熱が湧く。

「あれはね、間違っても切っちゃだめですよ」
「ですよね、就業規則にも載ってました」
「試したことはないので、どうなるのかは本社も把握していないんですけど、やっぱり倫理的に」

さすがにあれを切るのは必要性も感じられないし、何より得も言われぬ罪悪感がすごそうだな、と思った。

「ていうか、本当に運命ってあるんですか?」
「うーん……難しいことを聞きますね」
「そもそもあれ、全員に出るわけじゃないんですよね?」
「はい。見る機会はそう多くないですね」

本当に運命があるのなら、あのつながりを切っても二人は結ばれるのかもしれない。でももし、切ったことであの人たちのつながりが失われてしまったら、運命なんてないってことだろうか。それとも僕らは、運命にさえ干渉してしまえるのだろうか。

神にさえ、人の定めの全てはわからないものらしい。だからこそ、いつか出会う大切な人の手を離さずにいられるように、胸を張ってそばにいられるように、今の自分に出来ることをしよう。そんな日々を積み上げよう。

「さ、素敵なものをみたところで、そろそろ時間ですね」
「はい、行きましょう」

人のまばらな道を行く。見えない自分のつながりが、何に届くのか、想像しながら。


〉赤い糸

人のつながりが見えて
干渉するのがお仕事の人たちの話。

昔書いてたオリジナル。

6/30/2022, 3:13:27 PM