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お題 僕と一緒に


【君からのタナトス】


 僕には夢というものがなかった。
 特にやりたいことも無く、呼吸という単純作業に明け暮れていた。
 生きるという当たり前の行動を赤の他人と同じように繰り返すだけで何の意味もない。そのくせ夢なんてものがいつかできるとぼんやり思っていて、その夢により何か特別な僕ができるんだと思っていた。
 変わらないまんま汚れていくだけの日々に自分が埋もれていいくんだと勘違いした、ぼんやりとした、欲の一つもない僕に衝動を与えたのはたった一つ君だった。

 ゴミが散らかって濁りきった海のある小さな港で君と出会った。
 海へと続く階段に腰掛けて、僕は猫の亡骸をスケッチしていた。その姿がとても美しく見えて、息も忘れそうだった。
 猫の亡骸には既に虫が群がっていて、カラスは電線からそれを狙っていた。

「この猫は無事に帰れたみたいだね。こうやって自然の中で正しく無に戻っていく。人に見つかってしまえば叶わないことだ」

 君は厳かに語りだした。

「君にはその重要性がわかるかな?」

 薄い薄い、笑みにも満たないそれを浮かべて君は僕を見透かした。

「火葬だって人なりに考えてできた文化だ。それは他の埋葬の仕方にも言えることだけど、それが正しいとは思えない。この猫のような還り方のほうが正しいと思えるんだよ。だって神様が最初に定めた方法だろう?」

 その語り口はありえないくらい神秘的で、可怪しなくらい僕は君を信じ切ってしまっていた。

「今の時代では神様の方法で還れないんだよ、命の終わりを待ってしまえば。必要なんだ、正しさを実行する覚悟と」

 覚悟と、それともう一つは動機、いや衝動だろうか。
 例えば今僕が感じているかのような。
 この熱は、早まる鼓動は、初めて感じたもの。
 僕が変わる衝撃。
 それを始めたのは夢なんて希望のあるものではないかもしれないが、僕が初めて感じた衝動だった。

「ねぇ、僕と一緒に踊ってくれないかい?」

 そして僕を最後に正しくしてくれたのは君からのタナトス。
 いや
 君というタナトスだったのかもしれない。

「うん」

9/23/2025, 10:54:50 AM