月森

Open App

晩鐘が聞こえる。
数多の鐘の音が重なりあって、
私の鼓膜を劈いた。

ああ、だから、私は東京が嫌いなのだ。




 突然だが、私には特殊能力がある。これは生まれ持ったものではなく、友の死をきっかけに発現したものだ。

その能力というのは、『魂の晩鐘』

 簡単に言えば、死ぬ人間が分かる…いや、正確には死のうとしている人間が分かると言った方がいいか。私には自殺する人間が死ぬ間際に発する、最期の慟哭が聞こえるのである。これは、他人の耳にはまったく届かない。私にだけ響く鐘の音だ。

 初めてそれを聞いた時、私はまず脳外科に行った。待ち時間の長さのわりに短時間で終わる診察が終わると「異常はない」と告げられた。次に精神科にも行ったが、これもまた同様だった。その後もありとあらゆる病院巡りを繰り返すこと十数件。私はようやく悟った。これは医者が関われる案件ではないのだと。もっとオカルトチックな、スピリチュアルな現象なのだと。

 それからは、自分で法則性を探り始めた。何の前触れもなく鳴る鐘の音だと思ったが、ある時それは人のいるところでしか鳴らないことに気が付いた。さらに調べていくと、これは人から出ている音で、それを鳴らす人たちは、等しく死相が出ていると知り合いの占い師が言っていた。ある朝テレビを見ていた時、アイドルからそれが聞こえた。翌日彼女は事務所で自殺した。すべてが確信に変わった瞬間だった。

 そもそもどうして、平々凡々な私にこんな力が宿ったのか。ライトノベルの主人公でもあるまいし。もし私がそれだったなら、もっとチート能力を宿してほしかったものだ。

 この力は、私に何をどうしろというのか。
 
 自殺者数が群を抜いて世界一となった我が国には、新たな法律が出来た。自殺による保険は一切おりず、自殺者が出た家族には罰金を課すというものだ。自殺者対策として国が行っているのは、さらに彼らの首を締めるものでしかなく、苦しみ抜いた自殺志願者は、こぞってレジャーに出掛けた。海や山での事故を装うために。夏休み、眩しい太陽の下、楽しげに遊ぶ親子の足元には、数多の屍と怨嗟が積み上がっている。

 神は私に救世主にでもなれというのか。死ぬ人間が分かったって、カウンセラーでも為政者でもなく、ましてや社会人としての地位すら危うい私が、彼らに一体何をしてやれるというのか。






 私は引っ越した。山の中のど田舎に。周りにはお年寄りしかいない過疎地域だ。人の集まる娯楽施設など一切ない。とはいえ、ライフラインは辛うじて保たれている。私は此処にに来てから、鐘の音を聞かなくなった。

 田舎というと、都会より面倒な人付き合いや古きおぞましき悪習を想像して身構えていたのだが、此処の集落の人たちは、私に何も強制しなかった。集まりには気が向いたら来てねと言われ、「若者なのだから」という言葉をナイフに私を脅すこともない。この歳で結婚していないわけも、根掘り葉掘り聞いてこなかった。……あまりに、年寄りらしからぬ。
 私は、人を優しく騙して食べる鬼の集落にでも来てしまったのかと青ざめた。令和の時代にも鬼は存在するのかと、いたく住み良い環境に驚きを隠せずにいた時のことだった。唐突に友が私の家を訪ねてきたのは。

 彼女は、高校からの付き合いのある友だった。私はその日、久しく聞いていなかった鐘の音を聞いた。自分が鬼の集落に暮らしているなんて馬鹿げた妄想は、鳴り響く鐘の音がまるごと飲み込み、私は焦りを悟られまいと必死に笑顔の仮面を貼り付けるのだった。

8/6/2023, 1:53:19 AM