かたいなか

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「理想郷、ウィキに一覧存在すんのな……」
エルドラド、シャングリラ、ニライカナイ。
カタカタカタ。脳内にパズルゲームの、玉を動かす幻聴響く感のある某所在住物書きは、しかし今回配信分のネタが欲しいので、ひとまず「理想郷」カテゴリの一覧を指でなぞっている。
「迷い家」は「どの」迷い家、マヨヒガであろう。

「酒もメシも娯楽も、なんも苦労せず手に入る場所がありゃ俺の理想郷だろうけど、ぜってー、暴飲暴食してりゃ体壊すじゃん」
理想郷で病気になるのは、ねぇ。物書きはスマホから顔を上げ、ニュース番組を観て、ため息を吐く。
理想は「理想」のままの方が良いのかもしれない。
「シンカンセンスゴイカタイアイスを車内で買って食うのは、理想郷……?」

――――――

ハロウィン当日の夕暮れ、都内某所の某職場。ブラックに限りなく近いグレー企業であるところのそこ。
その日たまたま3番窓口の業務となった女性が、ハロウィン独特の妙な仮装をしている男性に、ネチネチ談笑を強要されている。
あー、
はい、
何度も言ってますけど、仮装してのご来店は、ご遠慮いただいてるんですよ。
客の死角、業務机の上にある固定電話のプッシュボタン、「1」に人さし指と中指を、「0」に親指を確かにそえて、チベットスナギツネの冷笑。

チラリ、後ろを見遣って「最終兵器」に視線を送る。
目が合った隣部署の主任職、「悪いお客様ホイホイ」たる男性と、
その主任職の親友、窓口係と同部署の先輩が、
それぞれ、互いに頷き合い、席を離れた。
先輩はただ淡々と、フラットな感情の目。
主任職は仮装客に対し、それは、もう、それは。
良い笑顔をしている。

――そんなこんな、アレコレあってからの、終業後。
夜の某アパートの一室。

「やっぱり在宅ワークこそ理想郷だったわー……」
人が住むにはやや家具不足といえる室内で、しかし複数並ぶ小さな菓子を前に、例の窓口係が満面の笑みでチューハイをグビグビ。
精神の安全と幸福を享受している。
「自分のペースで仕事できるし。窓口であんなヘンな客の相手しなくて良いし。なにより先輩のおいしいごはん食べられるし」
久しぶりに見たわ。隣部署の宇曽野主任の、「悪いお客様はしまっちゃおうねバズーカ」。
そう付け足し吐き出したため息は、大きかったものの、不機嫌ではなさそうであった。

「で、その先輩が組み立てたスイーツのお味は?お気に召して頂けたか?」
プチクラッカーに、泡立て済みのホイップクリームを絞り、少しのスパイスをアクセントに振って、小さな低糖質キューブチョコをのせる。
「まぁ、所詮去年の二番煎じだが」
窓口係に言葉を返しながら、彼女のためにスイーツを量産するのは、部屋の主にして彼女の先輩。
名前を藤森という。
かたわらの、電源を入れたノートには、今日発生した「コスプレしたオッサンに当日の窓口係が粘着された事案」の、発生時刻と経緯と結果をまとめた、いわゆる報告書のようなテキストが淡々。

一応、揉め事といえば揉め事であった。
後日上司から説明を求められたとき、すぐそれを提出できるように、あらかじめ藤森がパタパタ、キーボードを叩いていた。

「あと10個くらい食べれば、夕方の悪質コスプレさんから食らった精神的ダメージ、回復すると思う」
「さすがに糖質過多だ。低糖質の材料使ってるからって、糖質ゼロじゃないんだぞ」
「だって、回復しなきゃだもん。スイーツは心を救うもん。先輩そこのカボチャペーストとクリームチーズ取って」
「私の話聞いてるか?」

もう10個、もう10個、おいやめろ。
擬似的で結果論的な、つまり「それ」と明確に意識しているワケでもないハロウィンホームパーティーは、あらかじめ購入していた菓子用の材料が無くなるまで、穏やかに、理想的に続きましたとさ。

10/31/2023, 2:27:14 PM