七雪*

Open App

 目の前を、一羽の白鷺が飛び去った。
広げた真っ白な翼が陽の光を一時的に遮断し、地上に黒い影を落とす。耳からイヤホンを外し、飛び去った鷺の軌跡を追う頃には、鷺は川の中に潜む獲物を器用に足で捕まえたところだった。
 その雄々しい姿を視界に捉えようと、川を取り囲む柵へと足を踏み進める。鷺の狩りをする姿を写真に収めようと、いそいそと手元のスマホの操作を始めた時。ふと、足元に伸びる一つの人影に気が付いた。スマホを弄る手を止めて、影の元を目で辿ると、川の上流に黄昏れる友人の姿を見つけた。
 無機質な文字盤の短針は南東を指し、空は陽の色に染まりつつある。下校時刻はとっくに過ぎている筈だ。周りを見渡しても、彼女の連れの姿は見えない。それが何となく引っかかって、スマホをポケットに仕舞い込んでから彼女の元へと近づいた。
「久し振り。こんなところでどうしたの」
声が耳に届いたのか、彼女はゆるりとこちらを見た。
「岩里くん?久し振りね」
 彼女とこうして会話するのは、実に二週間振りと言う所だろうか。しばらく話す機会がなかったからか、少しぎこちない会話になってしまう。否、ぎこちなさの原因はそれだけでは無いのだろう。久しく目にした彼女の顔には陰りが見えた。
「何だか、元気ないね」
「……あら、わかっちゃう?」
くす、と小さく笑う彼女の目元には、うっすらと隈が浮かんでいた。
「なんてことは無いのよ。ただ、ちょっと悩み過ぎただけ」
穏やかな川の流れを、彼女は静かに見つめながら言葉を紡ぐ。
「悩んでも答えが見つからない時は、よく此処に来るの。川の流れを見ていると、心が落ち着くから」
「そうだったんだね。……」
 言葉は、続かなかった。彼女と自分の間にできた空白は、時間にしてみれば、ほんの僅かな間だったに違いない。けれども自分にとってこの一瞬は、まるで永遠の一部をを切り取ったかの様に錯覚させた。彼女の髪が、風に揺れた時。彼女の瞳から目を離すことが出来なかった。同年代よりは少しばかり色白に映る横顔を、自分は確かに意識した。彼女の友人という、当たり前の様な自分の立ち位置が、少しもどかしく感じる。彼女の視線が自分に向かい、色素の薄い、琥珀色の瞳がはっきりと自分の姿を映したのを見た。
「でも、今日、貴方に会えて良かった」
 桜色に色づいた頬を上げて、彼女は朗らかに笑う。
夕陽の色を灯した瞳は、鼈甲飴のように絢爛としていた。
 今だけは、自惚れさせて欲しい。彼女の瞳に、真の意味で自分が映る日がやって来ないのだとしても。
 きっと、逢魔時が僕を惑わせたのだ。だから、少しばかり魔が差したとしても、どうか大目にみてはくれないか。そんな言い訳に似た言葉が矢継ぎ早に思い浮かぶ。
 夕陽が地上を煌々と照らす。その下で、二人の視線は確かに重なり、互いに笑みを交わし合った。

 永遠とも取れる短い間。彼女の瞳の中に映る彼の姿に、新たな色が差すのが見えた。

4/6/2023, 12:51:29 PM