目の前に境界線がある。境界線からこちら側には日が当たらない。境界線から向こう側は、煌々と太陽の恵みが降り注いでいる。手持ち無沙汰につっ立っている私は、その境界線をじっと見ている。視線を上げ、向こう側を楽しそうに歩く人々をぼーっと眺め、また境界線へと視線を戻した。
向こう側に憧れる者は多い。誰しも暗い場所より明るい場所の方がいいだろう。それは私もそうだ。しかし向こう側も、ただ良い場所だというわけではない。何せ暑い。陽の光を浴び続けるのがつらい。陽の光に耐えるためのケアがしんどい。向こう側の人もよくやるなあと常々感心する。
引き続き境界線を見ている。この境界線を越えれば、私も向こう側に行けるのかもしれないが、越えた後は向こうで耐えられるのだろうか。人には向き不向きがあるのではないか? この境界線を越えることは簡単だ。でも行かない、行けないのは、やっぱり向こうでやっていく自信がないからなんだ。
『日陰』
場所の相性もあると思うんだよね。
自分の人生や立ち位置は日向ではないが、マイナスな意味での「日陰」だとも思ってはいない。日陰だって涼しくて落ち着く良い場所だからね。結局は自分の考え方次第で世界の見え方が変わるんだよなあと思う日々です。
1/30/2025, 4:00:10 AM