薄墨

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日に焼けた、夏の匂いがする腕が突き出ている。
薄黄ばんだ白いシャツの、ゆるゆるにたわんだ半袖の袖口から。

独特の、おひさまの香りと焦げた肌の香りが混じった、日焼けの匂いがするその腕の隣に座る。
私にとっては、それが、夏の匂いで、君の匂いだ。
皮がまだらに剥けてヒリヒリと痛そうな匂いは、こんな時期に日焼け止めも虫除けも塗られずに、腕剥き出しの半袖で、やけぱちに駆ける君からしか、しない。

私たちの溜まり場は、目線がちょうど水平線とおんなじ高さになる、高い崖の上にある。
根も枝もでこぼこと強く大きく広げた大木の枝に、詰めれば2人で座れるくらいのブランコが、木漏れ日が緑色に柔らかく差し込む、木陰に吊り下がって揺れている。

私たちは、いつもここで、学校がないために持て余した日中の時間をやり過ごす。
家を出て、自販機でミネラルウォーターの500mlを二つ買って、陽炎でゆらめく斜面を登って、ここに来る。
現実から、家族から、友達から、逃げて。

君はいつも、うっすらと汚れた半袖のシャツを着て、色の褪せた半ズボンを履いている。
そして、棒のように細い腕を、真夏の殺人的な太陽の暑さに焼かれるまま、突き出している。
私からペットボトルを受け取ると、伸び放題の前髪をくしゃっと持ち上げて、声を上げずに、笑う。
私も、笑い返す。

そうして、私たちはなんとなく、ブランコに座って、ぼんやりと遠くを眺める。
太陽に焼かれて、キラキラと光を反射している海の波の、遠く水平線と空のぼやける境目を、ぼんやり眺める。
街は見ない。
お互いの顔も見ない。
そんなのを見ても、惨めになるだけだから。

私たちは遠くを眺めて、時々、ミネラルウォーターを飲みながら、ぽつぽつ、話をする。
できるだけとりとめがなくて、現実味がなくて、どうにも役に立たないようなことばかりを、選んで、話す。
どちらからともなく。
独り言のように。

だから、私は君の家庭が抱えている問題も、君の現在の惨状も、そんなに詳しく知らない。
くたびれた服と、年の割には細いであろう胴と、日焼けによる皮剥けや肌に受けた傷みが剥き出しにほったらかされたような腕といった、見た目から見えるもの以上のことは。

逆に君も、私の家がどんな形であるかは知らないし、長袖の薄いカーディガンの下に隠れている、白い私の腕に剥き出しにつけられた痕のことも知らないだろう。
君もきっと、病的に白い私の肌と、腫れた頬と、そのくらいしか知らないはずだ。

それで良かった。
私たちがここにいるためには、それだけでいい。
私たちが私たちでいる条件は、それだけでよかったし、それだけしか必要なかった。

その証拠に、ここでいれば、私たちに、世界は少し鮮やかに見えた。
ここにいる時は、ゆるゆるにたわみ、にわかに黄色くかすんでいるはずの君の半袖は、真昼の太陽に照らされて、入道雲のように眩く白く見えた。

木陰の下で、私たちは、ぽつぽつと話した。
太陽が、君の白い半袖と肌を、やいていた。

7/25/2025, 2:54:58 PM