いろ

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【今一番欲しいもの】

 高級なジュエリーに、有名ブランドのストール、開店から30分で売り切れると噂のシュークリーム。スマホで情報を集め始めてからもう二週間になるのに、君が喜びそうなものが何一つとしてわからない。タイムリミットまであと三日。諦めて腹を括り、僕はオンライン対戦ゲームに勤しむ君の手が止まる隙を待って、緊張で震える声を絞り出した。
「あのさ、欲しいものとかって何かある?」
 ぱちり。君の大きな瞳が驚いたように瞬く。壁掛けのカレンダーへとちらりと視線をやり、そうして君は納得したように意地悪く笑った。
「ああ、なるほど。まさかの本人に聞いちゃう系?」
「……どうせなら本人が欲しいもののほうが良いでしょ」
 三日後は、君がこの世に生まれた日。誰かの誕生日を祝いたいなんて思うのは人生で初めてで、何を選んでも君が喜んでくれないんじゃないかって不安になって、結局こんな直前まで何も買えずじまいになってしまった。手持ち無沙汰に両手を膝の上に重ねて、ぎゅっぎゅと握る。と、君の手が僕の手へと重ねられた。
「私が今一番欲しいものは、君が死ぬほど悩んで迷って、これを私に贈りたいなって選んでくれたものだよ」
 小悪魔のように悪戯っぽく、小首を傾げて君は笑う。可愛らしいその笑顔に、頬がカッと熱くなった。
「っ、せいぜい期待してなよ。絶対喜ぶもの贈ってやるから」
「ふふっ、楽しみにしてるね」
 微笑ましいものでも見るような君の柔らかな声に背中を押されるように、手元のスマホに視線を落とす。……君が好きそうかとか、世間的に誕生日の贈り物って何が定番なんだろうとか、そういうことばかりずっと考えていた僕は、もしかしたら大切なことを見落としていたのかもしれない。
 僕が君に贈りたいと思うもの。君に受け取ってほしいと思うもの。温かな気持ちでもう一度、ブラウザのブックマークを開き直した。

7/22/2023, 12:38:32 AM