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“あの頃の私へ”

電子レンジのチーンという音で目が覚めた。
いけない、寝ちゃった。
身体を起こすと作りかけの資料が表示されたままのラップトップの画面が目に入る。
スクリーンセーバーが動作するほどは眠っていなかったみたいだと胸を撫で下ろすと、それを見計らっていた様に背後から彼の声がした。

「ただいま」
「……おかえり。ごめん、寝ちゃってた」
「いいよ、待っててくれたんだろ。ありがとう」

さっと資料を保存して、彼の方へ身体を向ける。
思っていた通り、おそらく直前まで温めていたのだろう湯気のたつお皿を両手にした彼が立っていた。
テーブルにはもう飲み物やサラダなんかが用意されていて、後は二人が座るだけというところまで準備されている様だ。
遅くまで仕事をしてきた彼にやらせてしまったことに申し訳なくなったが、まあそれは後片付けで挽回するとしよう。

にこにことやけに上機嫌な彼の向かいに座って、二人で手を合わせる。
こういうなんでもない日常を、本人にはちょっと照れくさくて言えないのだが、大好きな彼と共にこれからもずっと過ごしていけるだなんてなんて幸せなんだろう。

あの頃の、切羽詰まってなりふり構う余裕のなかった私に教えてあげたい。
あなたのその焦りのお陰で今の私はこんなに幸せになれたよ、と。

彼とは高校の時に付き合っていたが、それぞれ違う大学に進学したことがきっかけだったのだろう。いつしか連絡が途絶えて自然消滅してしまった。
何気なく送った『次はいつ会える?』というメッセージに既読こそ付いたが返信がないまま、気づけば数ヶ月が経っていた。
いつもだったら一日返事がないだけでうんざりされる程催促の電話を入れていたけれど、そういうことなのかなと思うと怖くて通話ボタンを押せなかった。

友達に誘われて合コンだとかそういう集まりに顔をだしてみたけど、やはりどんな男と話をしても心のどこかで彼と比べてしまってだめだった。
彼も合コンに行くのだろうか。あまり大人数が得意じゃないはずだけど、行けばモテるのだろうなあ。
寡黙でかっこいい!なんて、人付き合いが苦手なだけなのにそう脚色されてグイグイ押されて、私の知らない女ともう付き合っているんだろうか。
それは、嫌だなあ。
膝を抱えてため息をついたとたんメッセージアプリの通知音がして顔を上げる。
さっきの集まりで連絡先を交換した男のうちの誰かからだろう。深く考えずトーク画面を開いて目を疑った。

『昨日はありがとう。明日の午後とかどう?』

これが集まりで出会った男のものなら不思議ではないが、このメッセージの送り主は彼だった。
このメッセージのすぐ上には私が送った『次はいつ会える?』の一文が表示されているから間違いない。
どういうことだ?昨日ってなんだ。直前まで考えていた嫌な想像がまた頭をチラついてゾッとする。
だけど、これは最後のチャンスなのかもしれない。
なりふり構ってる場合じゃないのだ、と震える指で文字を打ち込む。

『明日の午後ね。そっちに行くから"昨日"とやらの話を聞かせてね』

返信がなければ、何か誤魔化されたら、その時はそれまでだ。
直ぐについた既読の文字に吐きそうなほど緊張したあの一瞬は今でもたまに夢にみるくらいだ。

だけど、そんな悪夢に飛び起きた時も隣には彼が当然のように眠っていて、むりやり起こせばむにゃむにゃ言いながらも抱きしめてくれる。

「ごちそうさま。今日のご飯も、すごく美味しかった」
「ありがとう。明日は何が食べたい?」
「……明日は外に食べに行こうよ。復縁記念日だろ?」

やけに上機嫌だったのは、そういうことか。
にこにこ、というよりニヤニヤ笑う彼の足を蹴っ飛ばしてやる。


あの頃の私へ、あなたのおかげで今はすごく幸せです。
あの時勇気を振り絞ってくれて、ありがとう。

(5/15 “後悔”別視点)

5/24/2024, 1:13:11 PM