土地も権利も、名誉も奪われた。
それと同時に信仰は併合され、名は上書きされ、新たな神となる。
愛した土地も、愛した人々も、時と共に擦り減り、消えていく。
このままでも良かった。
上書きされた名でも息はできた。
忘れ去られていく名でも物語は紡がれた。
誰を恨むことができるか。
何を憎むことができるか。
全ては愛しい人々の営みの行き着く先である。
それと共に消えていくことに、愛はあれども後悔などあるはずもない。
そう思っていたのに、そのまま天に、星空の中に残ってしまった。
愛した地上から、遠くの空へ。
それはそれで、そのままで良かった。
星空に浮かんでいても、地上とさほど変わりはなかった。
人々の営みに合わせて、奪われ、時には満たされ、信仰などあってないようなものだ。
自由気儘な身の上は、そういったものの性分にも合っていた。
それでも、それでもひとつだけ、どうしても失えなかった。
土地を失い、信仰も消えかけ、神格などあってないようなものでも、ほんの少しでもその名が人々の営みの中に残っているのならば望まずにはいられなかった。
愛おしい治癒の女神。
最愛のわたしの女神。
あなたは自分の名すら朧げであるだろう。
流れる歳月の中、神を創り上げた信仰ですらも確かなものに成り得ないのかもしれないが、わたしがあなたを信仰しよう。愛そう。あなたの存在をわたしと同じこの遠くの空へと導こう。
あなただけが、人でも獣でもないわたしの醜い姿を愛してくれたように。
“遠くの空へ”
4/12/2024, 2:53:44 PM