「ココロオドル」
小さな頃から、将来は絵を描く人になりたいと強く思っていた。
朝焼けの溶けるような藤色や誰かの思い出、どこかの物語にいた生き物。あるのもないもの、なんでも描きたかった。
絵を描けば、私はなんにでもなれた。どこへだって行けた。
だから、絵を描き続けたかった。
「将来も絵を描きたい!」そう言っては『アナタハコウアリナサイ』と決まって無難な「夢」を押し付けられた。
つまらなかった。
否定されるのがいやになって、ついに私は絵を描くのをやめてしまった。そして無難な夢を叶えた。
「ブナンナユメ」を。
カゾクもキョウシもトモダチも、コイビトさえも、『ヨカッタネ』と無難な褒め言葉を振り掛けてくる。
「ワタシ」は「ウレシカッタ」。
夢だと言い聞かせて自分に振り翳してきたこと。
本当は好きでもないしやりたくもない。
でも「ミンナ」が必要だというから、「ミンナノタメニ」私は頑張った。『シアワセデス』と言っているけれど、全く幸せじゃない。苦しい。痛い。タノシイ。助けて。ツヅケタイナ。
気がつけば私は過労で倒れていた。
『タイヘンダッタネ』と決まって当たり障りのないことを口々に言う。思ってもいない『アリガトウ』『ゴメンナサイ』を返す。
入院していたある日、家族が画材を持って来た。
「昔、よく絵を描いていたでしょう?久しぶりに何か描けば?それから、これからのことも考えよう?」
でも私は「モウ、キョウミナイカラ」そう言って絵を描くことを拒んだ。私は私の本当の夢を、自らの手で壊してしまった。心のどこかで、ガシャンと音が聞こえた気がした。
その音を聞いて、私は居ても立っても居られなくなった。
紙人形みたいなヘナヘナの体で廊下に出て、窓の外を見る。
キラキラした大きな扉が、病院の広い駐車場にへばりついている。目を疑い、窓を開ける。何もない。閉める。扉がある。
意味がわからなくなって、駐車場に飛び出した。
そこには何もなかった。
気のせいだったのだと言い聞かせ、3階の部屋に戻ろうとした。
また扉が見えた。
しかも、さっきよりも開いているような気がする。
あまりにも気になったから、今度は屋上に上がってみる。
屋上の戸を開ける。とても静かで、風の音以外は聞こえない。
手すりから下を覗いた。綺麗な景色が扉の向こうで広がる。
「こっちに来れば、ずっと楽しい時間が続くよ」
そんな風に語りかけられた気がして、手を伸ばす。届かない。
身を乗り出す。少し近づいた。
落ちる。舞うように落ちていく。心も踊る。
あぁ、これが正解だったんだ。
落ちる。おちる。オチル。
カラダモココロモシアワセ。
シアワセ。
カラダオドル。ココロオドル。
オドル。
オドル。
オドッテ、踊って。
砕け散る。
10/10/2024, 9:55:18 AM