「最近、変な夢を見るんです。」
愛人は唐突に話し始めた。
「❖❖(僕の彼女)と思われる人が、度々夢に出るんです。とてもきれいな姿で。ところが突然その背後から白い手が伸びてきて、彼女の髪をつかんで引きずり回すんです。それから仰向けにしたところを馬乗りになって、血だらけになるまで顔を殴るんです。彼女はとても怯えていて、これ以上ない恐怖を感じているようでした。」
彼女は暗い顔で、自分が見た夢の内容を恐れているようだった。淡々と語る言葉は重く、慎重に一つ一つ紡がれる。
「私もう見てられなくて、咄嗟に彼女から目をそらしたんですけど、彼女を痛めつけている手の主がどんな人なのか気になって、思い切って視線を上げたんです。」
彼女の言葉がふと途切れた。次の言葉を話すのを躊躇っているように見えた。しばらくの沈黙の後、彼女は言った。
「…その人の顔、私そっくりだったんです。」
その日の夜、僕は愛人の部屋から不審な物音がするのを聞いた。激しく地団駄を踏むような荒々しい足音が部屋中を駆け回っているような、普段の彼女が出すとは思えないような音だった。僕は慌てて愛人の部屋へ様子を見に行った。ドアを開けると、彼女は部屋の奥のソファーに座り込んでうたた寝をしていた。見慣れた愛らしい寝顔がスウスウと静かな寝息を立てている。こっそり部屋の中を探ったが、侵入された形跡も、これといった異常もない。何より愛人の身が無事だったことが幸いだった。
――よかった……。
ほっと胸を撫で下ろす。眺めているうち、日中彼女が言っていた言葉が思い出された。
「最近、変な夢を見るんです。」
「❖❖(僕の彼女)と思われる人が、度々夢に出るんです。――突然その背後から白い手が伸びてきて、彼女の髪をつかんで引きずり回すんです。それから仰向けにしたところを馬乗りになって、血だらけになるまで顔を殴るんです。」
「その人の顔、私そっくりだったんです。」
瞬間、ハッとした僕はすぐに愛人の部屋を飛び出し、本来の彼女のもとへ飛んで帰った。
ドアを破るようにして彼女の部屋へ飛び込むと、うなされている彼女の上に覆い被さるどす黒い闇の、血走った眼と目があった。
裏返しの欲望は、垣根を超えて同棲していた。
8/22/2023, 1:19:26 PM