薄墨

Open App

ふらつきながら外に出た。
弱々しく、冷たい風が吹いている。

「それってきっと恋だよ!」
そう断定した友人の声が脳にこだまする。
今思えば、あの子にとっては、浮ついたことの一つもない私の珍しく浮いた気配のある話題に、ヘリウムガスを押し込みたかっただけのことだったのだろう。

そんな軽い言葉を信じた私が軽率だったのだろう。

恋に恋する人間は少なくない。私たちの年齢層なら尚更。
さして将来も明るくなくて希望もないが、青春真っ只中で若さと時間を持て余して私たちにとって、恋愛は数少ない人生の意味の一つなのだ。
自分の恋愛も、他人の恋愛も、架空の恋愛さえも。

無慈悲な将来と重たい大人の期待に疼く頭を少しでも軽くするために、ふわふわの恋愛を詰め込んで、パステルカラーに色気付いた話を打ち上げる。
それが私たち、うだつの上がらない高校の生徒たちの心の生存戦略といっても過言ではないだろう。

だが、そういう生存戦略が肌に合わない特異種も存在する。つまり、恋愛を歯牙にも掛けない学生も一定数はいる。
私がそうだし、彼もそうだ。

周りの友人はこぞって、私たちをくっつけたがった。
周りとは少し違う冷めた雰囲気を纏ったもの同士。しかもそれなりに一緒にいるときている。
噂になるのは時間の問題だ。
…そして、高校生というのは、その気になりやすく、流されやすい生き物で…こちらは私も例外ではない。

私は恋をしたと思いこんだのだ。
そして、流されるままに、話したのだ。彼に。
これからの関係性について。

そういうのが一番鬱陶しい。
身に染みて分かっていたはずなのに。

彼は優しくて丁寧だった。
私の意見を聞き、整理し、その上で自分の意見を伝え…親切に話し合ってくれた。
私はすぐに理解した。私の感情は恋ではないことに。

私たちは意見の合う友人として、お互いに好き合っている親友だということに。

親友として、恥ずかしかった。情けなかった。
顔もまともに見れなかった。

最悪だ。
2人の関係性を、外野のガヤだけを根拠に決めつけて変えようとするなんて。
めちゃくちゃ失礼だ。

話し合いの締めに彼は言った。
「君とは親友でいたい。君との時間は楽しいし、心地良いんだ。こうやって話して、忌憚無く意見を言って、周りに振り回されずに自分でいられる。これが僕にとって大切で必要な人生の糧なんだ」

彼は私と親友でいることを望んでくれた。
私も彼とは親友でいたい。
キスとか付き合うとかどうでもよくて、ただ一緒に話したいだけ。ただ一緒に遊びたいだけ。

ただ、友人でいたいだけ。

私たちの関係性から、恋は失われた。
元からいらなかった。でも、2人の意見を擦り合わせて正式に決まったのは、今日だ。

私たちから、恋は失われた。
これが失恋というのだろうか。
なら、今日は記念すべき失恋記念日だ。

私たちは親友だ。今までも。これからも。
もう、関係性に迷走することもないだろう。

失恋って存外悪くないものだ。スッキリする。
私は前を向いて歩き出す。

私たちは親友だ。今までも。これからも。

6/3/2024, 1:02:49 PM