『子供のように』
殺し屋へ暗殺の依頼をしにやってきたはずなのだが、案内された部屋にいたのは小さなこどもだった。
「はじめまして」
「あぁ、どうも……」
「殺しの依頼ですか?」
こどもの口からこどもにはそぐわない言葉が出てきて面食らう。しかし上司から指示された場はここで間違いはないし、屋号も合っていたはず。純真無垢にしか見えない目で見つめられるが、心中には逡巡の嵐が吹き荒れていた。
そんな様子を見てくすくすとこどもが笑い出す。
「お宅のところは今も肝試しに私を使いたがるんですね」
「どういう、ことです」
「その前に自己紹介を」
年端もいかないこどもにしか見えないその人はその昔、夜に生きるものの牙を受けて夜に生きるものの眷属となったのだと語った。
「うんと昔には教会で賛美歌を歌ったりもしたんですよ。でも今は聖なるところへは近づけないし、お歌を歌っても具合が悪くなってしまう」
にわかには信じがたい話を屈託なくころころと笑い話すこどもはふと笑みを収めると、それまでになかった凄みをあらわにしてこちらを見つめた。全身が総毛立つ感覚に、目の前にいるこどもはまさしく底しれぬ怪物なのだと悟らされた。
いつの間にか、テーブルの前にカップがことりと置かれていた。
「粗茶ですが、どうぞ」
先ほどまで発せられていたプレッシャーは嘘のように消え去っていて、目の前にいるのはただのこどものように見える。喉は渇ききっていたが居住まいを正すのも震える手を伸ばすのも気力が削られていてなかなかままならなかった。
「……肝試しと仰った意味がよくわかりました」
ようやく茶を口にして出た言葉はそれだった。
「あなたの上司も若い頃に似たようなことを言ってましたよ」
数百年の夜を生きるおそるべき殺し屋はこどもらしく可笑しそうに笑っていた。
10/14/2024, 5:27:14 AM