私、相羽愛華(あいば まなか)の通う学園には御三家と呼ばれる三大巨頭がいる。学園内の生徒たちの注目の的で、成績優秀、容姿端麗など、四字熟語が本当に似合ってしまう人たちで、三人はいつも一緒に行動していて、登下校も一緒なのを加味すると、仲がいいことが容易に推測できる。今日も学園の朝はその三人で持ち切りだった。
「ねぇ!愛華!今日の御三家見た?!!」
勢いよく教室の扉を開け、朝から大きな声を静かな教室に響かせたのは、私の幼馴染の楠遥陽(くすのき はるひ)だった。
「あーはいはい。また御三家の話ね。」
「もう!ほんとに愛華御三家に興味無いよね!今日ほんっとにレアだったんだから!」
「レア...?どういう意味?」
「よくぞ聞いてくれました!今日の御三家!朝から手繋いで登校してるの!!!もう無理!!尊すぎる!!」
早口で遥陽そう言って両手で顔を覆い隠した。
会話で何となく察しただろうが、遥陽は御三家の大ファンなのだ。追っかけ上等、気安く話しかけるやつはぶっ飛ばす、と意気込むほどの愛の強さだ。最近学園内(御三家を除いて)で、御三家の大ファンと認知され始め、少し恐れられている存在でもある。
「てか、愛華ほんとに羨ましい!」
「何がよ」
「御三家と!クラス一緒じゃん!!」
「あー」
そう。私、相羽愛華はまさかの御三家とクラスが被ってしまったのである。遥陽は羨ましがっているが、御三家と一緒のクラスはそんなに気楽ではいられない。あの日以降、私はそう思った__
__あれは新学年に進級した初日。
下駄箱の前に貼られたクラス発表の紙を遥陽と見た。
「あークラス離れちゃったね。」
「うそ!寂しすぎる...」
「大丈夫だよ、遥陽はすぐ友達出来るから。」
「そんな事ないよ!...私、愛華がいないと死んじゃうよ...。」
「大袈裟だなあ。」
少し涙目になった遥陽の笑いながら撫でる。
「寂しくなったら会いに来てよ。私待ってるから。」
そう言いながら、遥陽を慰めようと御三家の名前を探す。
「え」
「...どうしたの?愛華...ってえ!!!御三家と一緒じゃん!!」
「こんな見事に三人と被ることある...?」
「よかったじゃん!!愛華羨ましいよ〜」
ケロッと通常運転に戻った遥陽と、落ち込む私の立ち位置は、さっきの真逆だった。この時私は、まあ何とかなるだろう、と軽い気持ちでいた。それが間違いだったと気づくのは次の日からだった。
初日には姿が見えなかった御三家が、翌日姿を現した。初めて見る彼らは、私たちとは比べられないぐらいの輝きを放っていて、安易に近付けない空気を纏っていた。
御三家の構成は男二人と女一人。
一人目は御三家の太陽、鷲尾碧(わしお あお)。男女共に人気ありの、圧倒的陽キャ。気さくで明るい性格からか、入部当初から先輩たちに可愛がられ、一年でレギュラー入りを果たした、サッカー部の絶対的エース。その飛び級度から付けられた肩書きは、"サッカー部の革命児"。
二人目は御三家の月、琥十波玄(ことなみ はる)。あまり人と関わらないが、生き物が好き。バスケ部に所属していて、スリーポイントシュートを感覚で決めるその才能から付けられた肩書きは"バスケの天才"。こちらも鷲尾同様、その才能とセンスから一年からレギュラー入り果たしている。
三人目は御三家の姫、白鳥桃(しらとりもも)。こちらも鷲尾タイプで、男女共に人気を博している。明るく元気、そしてとにかく優しい。部活は軽音部で、担当はボーカルとベース。その彼女の姿から付けられた肩書きは"軽音部の王女"。他方の事務所からのスカウトが止まらないという。
まあそんなこんなで、こちらとは住む世界が全く違うことなど分かりきっている。更に彼らは、この神から与えられた天物を生まれつき持っているにも関わらず、三人とも大企業の御曹司、ご令嬢なのだ。前世でどんだけ徳を積んだら、これだけの恵まれた環境で育つことができるのだろうか。
そんなことを考えながらふと席に座ろうとして気づいた。私の前に白鳥桃、そして彼女を挟むかのように左右の席に座る鷲尾と琥十波。何だか頭がクラクラしてきた。一学期は席が全く変わらないと、昨日担任が話していたことを思い出し、目が眩み始めた。頭を抑えながら、御三家にバレないように静かに席に着く。三人とも仲はいいはずだが、今は全く喋っていない。増してや、目線はスマホに落ちていて、お互いの存在すらも感じていないように見えた。
が、そう思ったのもつかの間、鷲尾が口を開く。
「なぁ、桃。飲み物買いに行こうぜ。」
「んえ?もも?」
「おい、俺でいいだろ、俺が一緒に行ってやるよ。」
「何が悲しくて玄と一緒に飲み物買いに行かなきゃなんねーんだよ。俺は!桃と!行きたいの!お前はお呼びじゃねーんだ!」
鷲尾の大声によって琥十波も声を荒立て始め、二人はお互いの胸ぐらを掴み始めた。それを見た白鳥は釘を刺すかのように
「もう、喧嘩するんだったら私他のクラスの人のとこ行くから。」
と、吐き捨てた。すると、二人はお互いの胸ぐらを掴むのをやめ、必死に白鳥の顔を覗き込んで懇願し始めた。
「え、待って桃。行かないで。」
「おい!俺は桃を求めてんの!喧嘩してないから!ほら、一緒に行こ?」
「喧嘩してないんだったら玄と行ってくればいいじゃん。はい、いってらっしゃーい。」
風の如く進んでいく彼らの会話は、いつの間にか白鳥によって終止符が打たれていた。二人は白鳥には何も言い返せなくなったようで、どちらが先に教室に戻ってくるかを競走しよう、と走って自販機に向かっていった。周りの声が無くなった白鳥は、「ふぅ」と小さい溜息をついて、また席に座り直した。
その数十秒後、彼女の周りはまた声で溢れて返った。理由はさっきの二人じゃない。年上に見える男子学生五人ぐらいに囲まれていたのだ。知り合いなのか、初対面なのか、はたまた友達なのか。まぁ、私には知る由もないが。...ただ、少しすると彼らの空間は何だか怪しい空気に変わっていった。段々と白鳥との距離が近くなり、彼女に向けて熱い視線が注がれ、彼女の身体を今にも触ろうという、下心丸出しの手がいくつか伸びているのが見えた。最初は見て見ぬふりをしていたものの、エスカレートしていく行為と、白鳥の嫌がる姿を見て、声をかけることを決意した私は徐に席を立ち上がった。少し勢いのついた椅子は、教室に響く位にはいい音をあげた。前にいる六人の視線が、教室中にいる人達の視線が、全て私に注がれているような気がした。でも、もう気にしてなんていられない。この先どんな結末になったって、もう後の祭りだろう。私は大きく深呼吸をしてから、彼らに声をかけた。
「あの、多分ですけど、先輩ですよね?」
「え?誰?そうだけど?何か文句あんの?」
「白鳥さん嫌がってますよ、その下心丸出しの手。」
「あ?」
「いや、だから。貴方たちの下心丸出しの手と気持ち悪い視線に、白鳥さん拒絶反応出てます。...気付いてます?」
「...なんだよこのブス。僻みかよ。」
「あーそうですねー。私はブスです。ブスは可愛い子助けちゃダメなんですか?私よりブスな内面の貴方たちから救っちゃだめなんですか?」
「...このブス...うっせぇんだよ!」
拳が私に飛ぶ。
あぁ。私、初めてだ。誰かに殴られるの。でも、誰かを助けてこの仕打ちならいいか。
諦めて身を差し出して、目を閉じる。その一瞬。拳が起こした風が目の前で気配を消した。不思議に思って目を恐る恐る開けると、拳を閉じ込めた手の甲が、全体に拡がっていた。手を辿ると、少し見慣れた二人の顔が見えた。
「鷲尾...くん。」
「...っぶねぇな。何してんすか。」
「女の子には手を出すな、と教育されてこなかったんですか?」
「お、お前ら、鷲尾と琥十波じゃねぇかよ。...こいつだよ、こいつが先に手出してきたんだ。」
「いや、全部見てたっすから。誤魔化しても無駄っすよ。」
鷲尾の不敵な笑みからとてつもない圧を感じる。奴らもそれを察したかのように、少し喉を締めたあと、逃げるように教室から出ていった。安心したからか、腰が抜けて私はその場に崩れ落ちた。
「...お前...相羽?だったっけ?」
「え...あ、うん、そう。」
「桃のこと、助けてくれてサンキューな。マジかっこいいな!お前!」
「相羽が助けてくれなかったら、俺ら助けに来れなかった。本当にありがとう。」
急な展開に頭が回らない私を他所に、鷲尾は頭を撫で、琥十波は私の手を握った。そして、今まで見れていなかった彼女の顔を見る。凄く震えていて、私が助けていなかったらどうなっていたのだろう、と嫌な想像が頭をよぎった。
「白鳥、さん。大丈夫だった?」
「あ...うん、本当にありがとう。愛華ちゃんが助けてくれなかったら、私...。本当にありがとう。」
そう言って白鳥は泣き出した。その白鳥をさも当たり前かのように、鷲尾と琥十波は抱きしめ、頭を撫でる。まるで赤子をあやすかのように。この日を境に、私の彼ら三人に対する今までのイメージは全て崩れ去ったのだ__
今日も聞こえる彼らの下らない内容の喧嘩は、もう聞きなれた。今日はどちらが白鳥を好きかで言い合いをしているらしく、当の白鳥本人は呆れて寝てしまっている。また言い合ってるよ、なんて呆れて見ていると、二人と目が合う。
「...え?...なに。」
「...いやさ、愛華に決めてもらえばいいんじゃね?」
「...なにを。」
「俺と碧、どっちの方が桃への愛が強いか。」
「...いやいやいや。そんなのどっちもどっちでしょ。」
「いーや!俺の方が桃のこと好きだ!」
「いや、俺だ。」
「はいはい。もういいって。」
あの日からもう三ヶ月ほどが経ち、私と御三家は友達と言えるほどの関係になった。私は彼らの喧嘩を毎日のように見て、彼らは私に毎日のように決着を促す。
最初は御三家に対して、嫌なイメージが多かった私だったが、あの日、変に三人の関係に足を踏み入れてしまったことで友達へと発展してしまった。でも、それも何かの縁だったのだと今では思える。神様がくれた私への天物は、一生手放すことの無い幼なじみと、大嫌いから大好きになった御曹司とご令嬢の友達だ。
~
「ねぇ、今年も三人で見れたね。夏の大三角。」
「ね。」
「うん。」
私は碧と玄と一緒に星空を見上げるこの時間が一番好きで、凄く特別だった。
初めて私たちが出会った日。あの日も今日と同じような夏の日だった。ふと空を見上げて見えた輝く夏の大三角に酔って、つい口が滑ってしまった。
「なんか、私たちみたい。」
「え?」
「あの星。三つの星が手を繋いでる。」
「ほんとだ。」
「...あれって夏の大三角じゃない?」
「え!ほんとだ!」
「そういえば俺たちってさ...。」
"鷲"尾碧。"琥十"波玄。"白鳥"桃。
私たちは夏の大三角。
いつまで経っても、何があっても夏には必ず手を繋ぐ。
星空が夏の大三角を自分に映し出す限り、私たちは永遠にずっと一緒にいることが出来る。
星空よ。一生私たちを繋いでいて。
「星空」
7/6/2024, 7:56:43 AM