「どうしてこの世界は」
月曜日の朝。仕事に向かおうとスーツを着たら、上司から電話があった。
「お疲れ様です。どうしましたか?」
「驚かないで聞いてほしいんだけど、会社が爆発したんだ!!」
「は?」
「ニュース見てないのか?詳しく言うと、会社のビルに爆弾が仕掛けられてて、それが爆発したんだ!」
ニュース?爆弾?まだ寝ぼけてんのかな?
急いでテレビのリモコンを探す。
ベルトを締めていなかったズボンがずり落ちたが、どうでもいい。ソファのクッションの隙間に落ちかけていたリモコンに猫のよう飛びつき、パンツ丸出しでテレビの電源をつけた
「速報です。たった今オフィスビルが爆発し、現場は混乱に陥っています。ビルは中階部分が抉られたような形で今にも全倒壊しそうな様子です!」
安そうなヘルメットをつけた若者が必死の形相でリポートし、後ろで警察が大声で市民を誘導している。
「…出社しなくていいてことすよね?」
ぼんやりと画面を見ながら上司に確認する。
「え?まあ、そうだけど、それだけ?」
「え?はい」
「あ、ああ。お前も気をつけろよ」
俺はスーツを脱いで放り投げた。最高の気分だ。
会社爆発しねえかなーと少し願ってみただけでこの様よ。なんてこの世界はちょろいのだ。
ベッドに横たわりこれまでの人生を振り返ってみる。
前世は魔王として名を馳せ、悪の限りを尽くしていた。ある時とうとう勇者に殺されてしまったが気がつくと、人間だらけの世界に来てしまっていた。
以前魔女から人間界というものがあり、そこから転生してくる人間が多くいると聞いていたが、どうせいつもの妄想話だろうと思って鼻くそをほじりながら聞いていた。その転生した人間が勇者となって俺の首を刎ねることになったのだから、もう少し真面目に聞いておけばよかったかもしれない。
しかし何らかの手違いか、目が覚めると見覚えのない真っ白な部屋でベッドに寝かされていた。それは病院といって人間のための治癒機関だそうだ。どうやら俺はある男の体を乗っ取ったらしい。治癒師、またの名を医師が言うには俺は車に撥ねられて死にかけだったそうだ。
これはあくまでも推測だが、勇者に首を刎ねられる瞬間と彼が車に撥ねられる瞬間が同じで、俺の意識と彼の意識が入れ替わってしまったのだろう。
しかし魔王の力は健在だ。
今回だって会社が爆発しねえかな、なんて本当に実現するとは思ってもいなかった。
ちょっと会社に行けない理由を作ってくれるだけでよかったのに、まさかこんな派手なニュースになるなんて。
しかしこれで魔王の力の強さを証明できた。前世では達成しきれなかった、世界征服を実現できるのではなかろうか。人間界に適応して普通の一般市民として生きていたが、少々つまらなさを感じていたところだ。
この世界には俺の意志を邪魔する者はいない。
勇者の剣もなければ、賢者も魔法使いもいない。
人間は愚かで弱く脆い。まるでペットのように庇護欲がくすぐられる。この世界を征服するのは難しいことではないだろう。
今こそ己の野望を実現する時だ!
「ハハハハハハ…」
腹の底から笑い声が込み上げてくる。
しかしそれをかき消すかのようにテレビから警報が鳴った。
緊急地震速報。足元が滑るかのようにぐわんぐわんと揺れ、部屋中のものが一斉床に落ちる。かなり大きい。
「ビルが倒れます!倒れます!危ない!」
土煙が上がって迫力満点の映像が流れる。そして逃げ惑う人々が映し出された。
まるで終末世界。外からテレビから人々の悲鳴が聞こえてくる。
「なんだ、なにが起こっているんだ」
もしや、自分が世界征服を願ったからか?
いやしかし、自分で手を下さずどうやって征服しろというのだ?
揺れが激しい。恐ろしくて体が震える。魔王の時は恐ろしくて震えることなんてなかったのに。
「どうしてこの世界はこんなにももろいのだ」
スマホが鳴る。縋り付くように電話に出た。
「おい!大丈夫か!?今すぐ逃げろ!」
うるさがっていた上司の声。こんなにも安心するなんて。しかしこんな状況で他人を心配するのか?
なんてもろい世界。なんて優しい人間。なんていじらしく健気な生き物なんだろう。
もはや弱すぎて愛おしさが芽生えてきた。
俺がこの世界を守るしかない。
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6/10/2025, 9:56:43 AM