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「空が泣く」

くそっくそっくそっ!誰なんだこいつは。君はいつも完璧な妻だったじゃないか。それなのに何だよ。Hiroseとかいう奴が好きだと!病気がわかって、あっという間に亡くなって、最後に残したメッセージは俺でも子どもたちでもなく、Hiroseだった。

そういえば、子どもたちの手が離れてから何度も誘われた。お芝居に行こう、美術館に行こう、お寺巡りに行こう。その全てを断った。興味がない奴と一緒に行っても楽しくないだろう、友だちとでも行けばいい。そうね、そうします。そう言った妻はどんな顔をしていただろうか。思い出せない。

それから君は同じ趣味の友だちができたと、楽しそうに出かけることが増えた。その方が機嫌がいいから放っておいた。亡くなったあとスマホを開いて驚いたよ。恋だったとはね。

俺には用件だけの短いメッセージしかよこさないで、Hiroseにだけはあんなに長い熱のこもったメッセージを送るんだな。俺は君の何だったんだよ。もう愛してはいなかったのか?

「あなたは誰ですか?」
「妻は病気で亡くなりました」
「不倫していたんですよね?」

既読無視。その後も何度か送ったが、既読にもならなかった。

「今日の着物、素敵でしたね。月の絵の前に佇むあなたをずっと見ていたいと思いました」

「お借りした本を読み終えました。うっかり電車で読んでしまって後悔しました。堪えても涙が止まらなくて大変でした」

「今日の劇場は初めてでしたが、細部にこだわった装飾が素晴らしかった。お芝居も。二人で同じところで笑いましたね」

「ごめんなさい。今日の映画はあまり頭に入りませんでした。あなたの手が重ねられていたから。外に出たら月がきれいでしたね」

「今日は少し元気がありませんでしたね。お疲れだったのでしょうか?しばらくお誘いしないようにしますね。寂しくなりますが…お元気になられたら、またご一緒しましょう。忘れないでください。会えなくてもいつもあなたを想っています。」

「最後なんて言わないでください。どちらに行かれるのですか?お会いできないのでしたら、せめてメッセージだけでもください。お待ちしています」

「今はどこにいらっしゃるのでしょう?遠い所なのですよね。最後なんて言わず、戻られたら必ずご連絡ください」

「月を見ています」

「待っています」

「あなたを忘れません」

ここで諦めたのだろう。Hiroseからのメッセージはそこで終わっていた。そういや、今夜も月が出ていたな。ベランダに出ると空は暗く、雨が降り出した。俺の代わりに空が泣く。

9/16/2024, 11:38:38 AM