初音くろ

Open App

今日のテーマ
《星空》





日本列島の多くの地域では、七夕は梅雨の真っ只中にある。
それゆえに雨になってしまう年も少なくない。

この時期になると、ショッピングモールの入口付近には笹が飾られ、短冊用の紙と記入するためのテーブルが設置される。
真面目な顔で短冊に願いごとを書きながら、少女が傍らの少年に「たなばたの日、はれるかな」と話しかけた。
少年は少女よりいくつか年嵩で、小学校の中学年くらいだろうか。
優しく少女の頭を撫でて「どうかなあ」と言いながら、もう片方の手で書き終えた自分の短冊を弄んでいる。
面倒見のいいお兄ちゃんとその妹といった雰囲気だ。

わたしは笹に飾りを施しながら、思わずほっこりとした気分でその様子を横目で眺める。
隣では同僚が別の笹の飾りつけをしながら同じように相好を崩していた。

「天気予報だと雨は降らないみたいだけど」
「でもこの時期だから夕立の可能性もあるしなあ」

こっそりそんな会話を交わしつつ、折紙で作られた輪っかをつなぎ合わせたものや吹き流し、網飾りなどを手際良く括りつけていく。
他にも、一箇所にだけ偏ってしまっている短冊を別の位置に移してバランスを調整したりなどする。
これは手が空いてる職員が気がついた時に行う業務の一環で、決してサボりではない。

「そういえば、私も幼稚園くらいの頃、七夕が天気になるか毎年心配してたなあ」
「うちも妹がそうだった。雨が降ると、織姫と彦星が会えなくなるって、自分のことみたいに泣いてた」
「優しい妹さんだったんだね。それで『お兄ちゃん』はどうしたの?」
「あんまり泣くから、雲の上は晴れてるから天の川は氾濫しないし大丈夫だって言って慰めた」
「やっさしいー」

微笑ましいエピソードにますますほっこりする。
優しいお兄ちゃんを持って、妹さんは幸せだなあと、少しばかり羨ましくもある。
うちにも兄がいるけど、そんな気遣いは皆無だった。
何なら「天気予報で1日雨だって言ってたぞ」って追い打ちをかけてくるような兄だった。

「でも本来の七夕って旧暦だから、8月半ばくらいなんだよな。この時期じゃどっちにしろ天の川なんか見えないだろ」
「ていうか、この辺りだと明るすぎてどっちにしろ見えないけどね」
「たしかに」

この時期の見頃なのは何だったっけ。
胸を張って趣味だというほど熱心ではないけど、たまに星空カレンダーなどをチェックする程度には星を眺めるのが好きだ。
流星群の極大の日は夜更かししてベランダで空を眺めるし、ベランダで見えない方角の時はちょっと足を伸ばして見晴らしの良い場所まで足を運ぶくらいはする。

雑談しながらそんなことを考えていると、さっきの少年少女が短冊を持ってこちらにやってきた。
近くで見ると面差しがよく似ているからやっぱり兄と妹なんだろう。
自分で吊したがる妹を抱っこしてあげてるのが微笑ましい。
妹が吊し終わったのを確認して彼女を抱き下ろした少年は、高い位置に飾りを付けている同僚に声をかけた。

「すみません。これ、高いところに付けたいんですけど、お願いしてもいいですか?」
「はい、いいですよ」

営業スマイルでにっこり笑いながら請け合った彼は、飾り付けを中断し、渡された短冊を少年の目の前で高い位置に吊して上げた。
いいなー、ずるーい、と言いながらお兄ちゃんの手をぶんぶん揺する妹に、少年はしょうがないなって顔でその頭を雑に撫でている。
ちゃんと吊されたのを確認した少年は礼儀正しく「ありがとうございました!」と頭を下げて、まだぶーぶー文句を言っている妹と共に去って行く。
彼らの向かった先では母親らしい女性が同年代の女性と立ち話をしていた。
お母さんがママ友と話し込んでいる間に暇潰しを兼ねて書きに来たのか、あるいは子供達が書いているのを待っている間に母親が知り合いと会って話し始めたのか。

「あの子、本当に『いいお兄ちゃん』だな」

見るともなしに可愛い兄妹を眺めていたら、同僚がくすくす笑いながら小さな声でそんなことを言う。
訊ねるように視線を向けると、彼はちょいちょいと手招きをして吊したばかりの短冊を指差した。
高い位置と言っても笹は彼の身長と同じ程度。その目線の高さ辺りに吊された短冊は見上げれば余裕で読むことができる。
そこにあった願いごとに、わたしは思わず大きく頷きながら彼の言葉に同意した。

『七夕の日、晴れますように』

きっとあの女の子は、さっきだけでなく、何度も何度もお兄ちゃんに「はれるかな」と言っていたのだろう。
そしてあのお兄ちゃんは、そんな妹の願いが叶うようにと、短冊に願いを込めたに違いない。
わざわざ高い位置に吊してほしいと言ったのも、その方が神様に願いが届きやすいと思ったのかもしれない。
妹思いの優しいお兄ちゃんにますますほっこりしながら何気なく女の子が吊した短冊に視線を転じると、そこに書かれていた願いごとの可愛さに思わず悶絶しそうになってしまった。
接客業の人間として崩れた顔を晒すわけにも奇声を上げるわけにもいかないから、弛みそうになる口元を必死で引き締め、無言のまま同僚の袖を引いて短冊を指差す。
彼もまたそれを見て、口元を手で覆いながら眼差しを優しく和ませた。

『おにいちゃんのおねがいが かないますように』


その日、仕事を終えて帰ろうとしたわたしは、職員用休憩室の窓のカーテンレールにてるてる坊主が吊されてるのを発見した。
誰の仕業かは確認するまでもない。
わたしもまた自分のハンカチで即席のてるてる坊主を作ると、そっとその隣にそれを吊した。
あの可愛らしい兄妹の願いが叶うようにと願いを込めて。





7/6/2023, 9:32:03 AM