見つめられた事って、そんなに記憶がない。鑑賞に耐えられるようなビジュアルではないので、もし、見つめられたら石になってしまうかも知れない。
昔、寄席に通っていて週1以上のペースで行ったものだが、
その寄席は客の入らないので有名なくらいだったから、とうとう閉める事になったが、
そんなある日、いつものように暗い階段を3階まで登ると、入口に、どん!とテレビカメラが構えてあり、マイクを向けられてしまった。
不意打ちもいい所だか、閉鎖する寄席について、何か一言と訊かれて、恥ずかしい話し、一言も答えられなかった。
馴染みの お茶子のお婆さん達も、「ガンバレ」という暖かい視線を送ってくれていたが、それがなおさら重圧となった。
私はただ固まって、やけに大きく丸いレンズの前で、強いライトを浴びて、まるで蛇に睨まれたカエルみたいに、目を白黒させるほかなかった。
私だって、人前で話をする事はあるし、弁論大会にも出たりしたが、無機質な大きなレンズの前に立たされると、異様な緊張感があるものだと、この時はじめて知った。
見つめてしまうと石になるのは、ギリシャ神話のメデューサだが、彼女は恐ろしい顔をしており、髪の毛の1本1本がヘビで、その顔を見てしまうと石になってしまう。
もともと彼女は美しい娘で、海神ポセイドンの恋人だった。自分の容姿を自慢したり、アテナ神殿でポセイドンと仲睦まじい行ないをしたために、
アテナの怒りを買い、恐ろしい怪物に変えられてしまったという。
ペルテウスに首を切られ、切り落とされた後も見るものを石に変える効力は失われる事はなく、その首はアテナに捧げられて、
アテナはその首を自分の盾に用いた。最強の盾である。アテナもすごい事をするのである。
しかし、本当のメデューサは、コリントスの豊穣の女神であり、デメテルと同一の女神であった。
征服者の都合で、殊更みにくいバケモノに変えられてしまうのは、キリスト教が、魔女を異教徒として醜い悪魔の使いみたいにイメージ化したのと同じだ。
けれどメデューサはキャラが立っているので今も人気がある。
魔除けに使われたり、マンガやゲームにもよく登場する。それこそビジュアルが醜くて、かえって素敵なのである。むしろユーモラスなくらいだ。
バケモノ好きな私としても、無機質なカメラの眼よりも、よっぽど愛着を覚えてしまう。
3/29/2024, 5:10:11 AM