「胸高鳴るとは正にこのこと!」
鹿撃ち帽とインバネスコート、上質な仕立てがみちみちに膨らんだスーツ姿の探偵───否、探偵っぽい益荒男は、大虎のような声量で高らかに吠えた。
ついでに、パイプを持っていて欲しい片手に斧を掲げた。薪を割るための立派な備品であるはずの大きな斧だが、この男が掴むと500mLのペットボトルくらいにしか見えない。野蛮だ……。小さなホテルの、そう多くない宿泊客の誰かが呟いた。
ぼくもそう思う。
「オーナーさん、よろしいのですね。この男、本当に扉を割りますよ」
「は、はい、はい。なにしろ、マスターキーは、中の彼が持っているのです。オカくんは、日の出の頃には仕事を始めるような男なのです。こ、こうなってはもう、」
そこまで言って、そこから先を言えなくなってしまった白髪のオーナーさんはウウと唸った。
仕方あるまい。
何しろ、日の出の頃には仕事を始めるようなオカくんの靴を履いた片足が、朝7時も過ぎたホテルの裏庭で発見されてしまったのである。
片足だけが、膝上10cmくらいのところから、バッサリ。
「聞いたか友よ。俺の目の前に密室がある。木造の、古風ゆかしく、なんともいとけない密室が」
「密室に使う形容詞じゃないよ」
「では、ウーム、儚げな、としておこう。さあ解決するぞ、今するぞ!」
寝起きとは思えない肺活量で雄叫び、探偵は斧を振りかぶった。二の腕が丸太みたい。今気づいてしまったが、ぼくの友人は廊下の自販機よりそこそこデカいんだな……。この男がいるホテルで人死にを出そうとは、よほどの気狂いがこの衆人の中に混じっていると見える。
衆人注目の大男は、メジャー選手もかくやというフルスイングで、軽々密室のドアを叩き割った。ペラペラのベニヤみたいに簡単そうだった。
何をか言わんや、だ。
やれ、胸が高鳴るね。
3/19/2023, 10:59:05 AM