真岡 入雲

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【お題:秋晴れ(20241018)+忘れたくても忘れられない(20241017)】【20241105up】

澄み渡った蒼空を横切る一筋のひこうき雲、夏の蒸し暑さの無くなった爽やかな空気を震わせる教会の荘厳な鐘の音、色付き始めた木々を揺らす風が花嫁の純白のベールを宙に舞いあげる。
この世の全ての幸せを手に入れたような、そんな笑顔を浮かべ、参列者が築いた花道を新郎と腕を組んで歩く新婦のその様を茜は複雑な気持ちで見ていた。
手には紙で折られた立体的な星が入った小さなバスケット。
結婚式後の花道の演出として、ライスシャワーではなく折り紙のスターシャワーを行うからと渡されたものだ。
新婦の友人達が企画したらしく、最近はライスではなく花やシャボン玉などで行うことも多いと結婚に憧れている学校の友人に聞いた。
シャワーを花やシャボン玉ではなく『星』としたのは、恐らく新婦の旧姓に因んでの事だろうと想像がついた。
色とりどりの紙で作られた星たちは1センチほどの大きさでコロコロとしているが、これを折るには相当な手間がかかっただろうなと、ぼんやりと考えていた。

新婦の隣で、こちらもまた目尻と眉尻をこれでもかという程に下げて笑っている新郎と初めて会った日が記憶に蘇る。
まだ小学校に入る前、新しい家で暮らし始めたが近所に友達はなく、絵本と人形とぬいぐるみが友達の日々を過ごしていた。
5つ年の離れた兄は、転校先の学校でもあっという間にたくさんの友達を作り、学校が終わると毎日数人を連れて帰ってきた。
彼はその中の一人で、小さな女の子だった茜とよく遊んでくれた。
家も近く兄とも気のあった彼は、毎日のようにうちに来ては茜と遊んでくれた。
それは茜が中学になるまで続いた。
初めの頃は『もう1人のお兄ちゃん』のように思っていた。
だがそれが初恋に変わったのは何時だったか。
何か切っ掛けがあったわけではなく、唐突に理解したというのが正しいのかも知れない。
やがて兄達は大学生となり会う機会は少なくなった。
それでも茜の恋心は募る一方だった。
同級生の男子達は子供っぽく、アイドルやアーティストに夢中になる女子の気持ちはよく分からなかった。
兄はそんな妹の気持ちに気付いてはいたが、敢えて静観を決め込んでいた。
そう、遠くない未来にたった一人の妹が傷つくであろう事がわかっていながら。

大学を卒業し、社会に出た兄達と茜が会うことは更に少なくなった。
月に一度、会えればいい方で数ヶ月会えないこともざらだった。
茜はついに決心した。
自分も高校を卒業し大学生となった。
まだ学生の身ではあるが、もう、大人の仲間入りをしているのだ。
子供だからと、断られることは無いだろうし、『女子大生』という付加価値もついている、はずだ。
そう、心に決めた日から、茜は日々自分を磨くことに余念が無かった。
ファッションや化粧はもとより、マナーや言葉遣い、仕草などありとあらゆる面において彼の隣に並ぶのにふさわしくあれるようにと、己を律し学び続けた。
そして半年が過ぎたその日、茜は兄と共に遊びに来る予定の彼に告白することにした。
朝から手料理を作り、クッキーを焼いて兄達が来るのを待つ。
高鳴る胸を鎮めようと、何度も深呼吸をして紅茶を口に運ぶ。
何もしていないと緊張してしまうため、もう何度もして必要もないのに部屋の掃除をしたりして、そんな娘の様子を両親は不思議そうに見ていた。


「ほら、来たぞ」

兄に声を掛けられ茜は顔をあげた。
新郎と新婦がもうそこまで来ている。

「私⋯⋯」
「あいつ、お前に祝ってもらうの楽しみにしてたぞ」
「⋯⋯⋯⋯」
「あいつ一人っ子だからな、いつも羨ましいって言われてたんだぞ、俺。あいつずっと妹が欲しかったんだってさ」
「私は妹なんかじゃなくて⋯⋯」

『恋人になりたかった』

「⋯⋯あぁ、そうだな。でもな、妹ってのもいい立場じゃないか?」
「え?」
「好きなだけ甘えられるだろ。良いように使ってやれ、きっと喜ぶ」
「⋯⋯仕方が、ないなぁ」

見上げればそこには、突き抜けるほど澄みきった秋晴れの空。
真っ直ぐに引かれたはずのひこうき雲がの輪郭が歪んで見えるのは、瞳に溜まった涙の所為。
あの日、自分の心の内を伝えようと彼の訪れを待ちわびた日が、人生で初めての失恋の日となった。
ドアを開けて入ってきた彼とその後ろに立っていた小柄な女性。
照れた笑顔と共に、兄と自分の前に差し出された白色の封筒。
口にすることも出来ずに散ってしまった、自分の恋心が可哀想で溢れる涙が視界を奪う。

「笑って祝ってやれ」
「わかってる」

兄が差し出したハンカチで涙を拭い、渡された星を手に取る。
1歩、また1歩と近付いて来る新郎の、今までに見た事のない幸せそうな顔を脳に焼き付ける。

「悔しいから⋯」
「うん?」
「私も絶対幸せになってみせる」
「あぁ、頑張れ」

兄と一緒に、カラフルな星を空に向かって放る。
空から落ちた星たちは、花婿と花嫁に降り注ぐ。
2人の門出を祝って、2人の幸せを祈って。
忘れたくても忘れられない茜の初恋の苦い思いを含んだ秋風が、色づき始めた木々の葉と花嫁のヴェールを揺らし、どこまでも高く澄んだ空を駆け抜けて行った。


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(´-ι_-`) 初恋は苦いものデス。

10/19/2024, 4:28:37 AM