『香水』2023.08.30
彼が傍に来るたびに、オトナの香りを感じる。
華やかな香りをひきたてるような、控えめだけど存在感を感じるその匂いが、おれはすきだ。
「ねぇ、あの匂いなんの匂い?」
すっかり女友達になってしまった嬢に問う。彼女はおかしそうに笑いながら、なんというブランドでなんという名前の香水か教えてくれた。
スマホで教えてもらった香水を調べる。変わったかたちのボトルに入ったそれは、おれの使っている香水よりも高くて驚いてしまった。
「一応、ここキャバクラなんだけどね」
そういう話は外でやらないか、と彼女にたしなめられる。
そんなことを言われても、この事情を知っているのは彼女だけだ。ましてや、おれの職業上、同伴をするわけにもいかない。
彼のことは、彼女のほうがよく知っている。嬢と黒服。毎日顔を合わせていれば、自然とその人のことが分かるのだ。
「本人にきいたら?」
と、彼女はやや呆れたように言う。
もちろん、そうしたいのはやまやまだ。しかし、彼はパーソナルなことを聞くと、のらりくらりとかわすのだ。
それが、目下の悩みであると言うと、ふわりとオトナの香り。
「ご指名が入りました」
彼が彼女にそう伝えにきた。じゃあね、と手を振る彼女に手を振り返すと、おれと彼だけが残った。
いつもなら会計のためにすぐに立ち去る彼だが、今日はすこし違う。
どうしたのだろうと不思議に思っていると、彼は名刺を渡してきた。彼の名前が書かれたそれから、オトナの香りを強く感じた。
「俺のことは俺に聞いてね」
自然に見えるしぐさで、耳打ちされる。
カッと熱くなる頬。彼はにこりと笑顔を貼り付けて、今度こそ会計の準備のために立ち去った。
残ったのは、耳に落とされた彼の囁き声と、オトナの香りだけ。
8/30/2023, 12:41:40 PM