のねむ

Open App

(グロ表現、また他にも気持ちの悪い表現があります。
無理だと思った瞬間に読むのを辞めるのをおすすめします。)





男性の犯罪者の一握りの数。それも凶悪犯と言われた者達の中で、何となくの共通点として母親への異常なほどの執着が見えた。

「聖なる母の為」「母のお腹の中へ戻りたい」「私の真の理解者は母しか居ない」と、分かりたくもない、けれど何となく分かるような気がする言葉をつらつらと吐いて、まるで自慰行為が終わったあとの様に恍惚とした表情をする眼前の男の中に、母の姿を探す。
男のどこか冷静で、だけど興奮した双眸でこちらを見つめて話す姿は、まるで神の前で祈りを唱えるかの様で気味が悪い。

「母のお腹の中へ戻りたい、というのは比喩か?」
「まさか。母のあの美しい白雪のような柔い腹を裂いて、邪魔な臓器を取り除き、赤く温い海の中に潜って眠りにつきたいのですよ」

遂に胸の前で手を握り合わせた。祈りのポーズだ。
この男には、まるで神が、いや、母が目の前に見えているのだろうか。そう思えるほどに、男の双眸には私が写っていない。

「気持ちが悪いな」

そう零した私に、鼻で笑う男。その目には少しだけ私がうつっていた。

「みんなそう言うのさ。最初はな。だけど生きていく内に、世間に蔑まれる内に気付くのさ。嗚呼、俺の真の理解者は母だって、なぁ」
「ふぅん。なんか、お前さぁ。母で童貞捨てましたみたいなこと言いそうだな」

気色が悪い、と思っていることを隠しもせずに声色にのせると、それを受け取った男は嬉しそうに双眸を煌めかせた。

「そう! そうなんだよ。俺は、受け入れてもらったんだ!これこそ、愛だろう? 」

胃から何かせり上がってくる。その衝動を抑えるために目の前の男を殴ろうと拳に力を込めようと握りしめたその瞬間、男を呼ぶ声が聞こえた。

「ははっ。もう時間か。お前のお迎えは何時なんだろうなぁ?」
「もう何年も来てないが、そろそろだろうな」

軽口を叩く男は、これから首に縄を掛けられるとは思えないように軽い足取りで扉へ向かう。

「そうかぃ。まっ、後悔ないようになぁ?」


そう言った男の背中を見ながら、私は丸まって目を瞑った。







女とは、0なのだと思う。
0が無ければ1は生まれず、しかし0は何にだって形を変える。

それは母であったし子供でもあった。愛でもあり、憎しみでもあり、それでいて神でもある。
対して男は、1のまま。結局大人になれど、母の前では幾つになっても子供なのだ。無償の愛を受け取って、愛というベールに覆われて安心を得る。柔い腹を裂いて己を受け入れて欲しいと許しを乞うのだ。
全員とは言わない。が、やはり凶悪犯にはそういう者が多い。
私の母、私だけの母。その中の人間性など、微塵も興味がなく『母』という存在だけを求める。
凶悪な自分を抱きしめて、許して、愛してくれる。

母の腹へ、というのは何度も聞いたが、父の陰茎、いや精子に戻りたいと言ったものは一人もいなかった。
可笑しい事だろう。腹を痛めてくれた者と、ただスッキリしただけの男、という違いだろうか。
分かりたくもない。

母を愛して、その中にある自分への愛を恋慕と錯覚でもしたのだろうか。強き母の中に、弱い女を見つけて興奮でもしたのだろう。嗚呼、気持ちが悪い。
違うだろう。母とは、そうではないのだ。ただ純粋に愛をくれる人間なのだ。純粋無垢で、美しく、私のような者が汚してはいけない。





この一生出られぬ檻の中で年月をかけ入れ替わり立ち代り入ってくる男達と話して、やはりと、私は確信を持つ。







母とは愛そのものなのだ、と。
そして、その事に気付いてるのは、私だけ。







─────────


私が死ねないのは、母が悲しむから。

腕を裂くのは簡単。五年前の私よりも大人になった私ならば、もっと深く切れる。けれど、しないのは母が悲しむから。
首を吊るのも簡単。縄の結び方なんて調べればどこにだって簡単に載っているし。けれど、しないのは母が悲しむから。

誰かに殺されたいと願うのは、母の悲しみや憎しみや後悔を向ける相手が出来るから。
逃げ、だと思います。
死への恐怖は無い。遺書を書けば後悔なく直ぐに死ねる。


母への感情というのは、難しいと思うのです。

母の腹へ戻りたいなんてことは思わない。
けれど、母の苦しみは出来るだけ取り除いてあげたいとは思う。

ただの母だ。
私に対して「嫌い」の一言も言えず(言わず)、その癖お前が死んだら三番目に悲しいと言う。
弱く脆く、強い母だ。


そう願う、私がいる。

───

0からの『愛』

2/21/2024, 4:42:16 PM