川柳えむ

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 夏が好きだった。
 でも、最近は異常気象で、昔みたいな心地良い夏が来なかった。
 また、あの夏を体験したい。背の高いひまわり。学校のプール。冷えたスイカと麦茶。夜の花火大会。あの頃の、暑くなり過ぎない、ゆったりした夏。

 雑貨屋の前を通った。
 懐かしい匂いを感じて、立ち止まる。
 中に入ると、一角にある香水のコーナーが目に入った。
 香水の中に『夏の匂い』という名前のものがあった。
 テスターを手首に振りかけてみる。
 目を閉じると、あの頃の夏が帰ってきたようだった。
 懐かしい、この匂い……。

 しかし、ここはやけに寒い。冷房が効き過ぎている。いや、効き過ぎているなんてもんじゃない。寒い。寒過ぎる。
 さすがに耐えられなくなり、店に一言言おうかと目を開けた。

「どこだここ~~~~!?」

 目を開けると、辺りは雪、雪、雪。吹雪いている。そりゃ寒いわけだ。
 なぜか私は真冬の雪原に放り出されていた。

「勇者様が召喚されました!」

 声がした。よく見ると、吹雪の合間に何人かの人の姿が見えた。
 おい、あったかそうな格好してんなー。こちとら半袖なんですが?

「勇者様。ここの世界には夏がやって来なくなってしまいました。どうか夏を再び連れてきてください!」

 暖かそうな格好をした人が一方的に捲し立てる。
 魔王を倒せとかじゃないの!? 夏を連れてこいって……どうやって!?
 ここで今、夏に関係するものといえば――。
 私は手に握ったままの、香水のテスターを見た。
 ダメ元で――というか絶対に無駄だろうけど――香水を振り撒いた。
 吹雪が治まり、雲が晴れていく。太陽が顔を覗かせた。

「おぉ……夏がやって来た……!」
「いや、展開雑だな!!!!????」

 こうして、異世界の夏問題を解決した私は、代わりに冬を持って元の世界へと帰された。
 連日40度超えの暑過ぎる夏は、こうしてなくなった。代わりに、冷えた夏が続き、これはこれで異常気象で困るのだった……。


『夏の匂い』

7/2/2025, 12:07:19 AM