ルクリアの束

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新しい地図

「今日からこれが、新しい地図だ」

 そう言って、彼らは粗悪な印刷の紙を配った。
 配達員たちはそれに目を落とし、もはやこの世界から我々の故郷が完全に抹消されたことを知った。
 私の実家があった県は、かつては翼を開いた鳥の形に例えられていたのだが、今は単なる味気ない長方形にされていた。よく分からないが、おそらく名前も全く違ったものに変えられているのだろう。

 ある衝動が込み上がるのを感じたが、私は息と一緒にそれを飲み込み、その地図をポケットにねじ込んだ。
 そういえば、生まれてから今まで、紙の地図なんて使ったことがないな。地図アプリで事足りていたから。だが、この新しい世界では、電子機器はおろか、文字の使用も禁じられている。
 地図に書かれているのは、定規で引いたような境界線と、彼らにすら解読できるか疑わしい謎の象形記号と、赤いバツ印だけだった。その印のつけられた地点が今回の我々に割り当てられた配達先だ。
 配達先には何も持って行かなくていいので、我々はとても身軽だ。というのも、配達物は“我々自身”だからだ。正確には、我々の身体。腎臓、肝臓、心臓。皮膚から血液に至るまで。

 それにしても、地図などあったところで、ただ先頭の指揮官について歩くだけなのに、彼らはなぜこんなものを配ったのか?
 まあ、答えはなんとなく想像がつく。たしか、新しい政権では死刑制度が廃止されたのだとか……。

「では出発、進行!」

 号令がかかった。
 我々は自らの重たい足を、自らの意思で持ち上げて、最初で最後の配達先に向かう。

4/6/2025, 4:08:38 PM