※美柑(みかん)と杏朱(あんず)の百合、美柑視点
私には、“男の私”と“女の私”がいる。別に多重人格だとか、性同一性障害だとか、そういう深刻なものでは断じてない。一つの心の中に、二つの性別が同居しちゃってるのだ。昔ネットで調べてみたら、こういった私みたいな人達のことを指すきちんとした用語が出てきたけど、長ったらしいカタカナだったからすぐ忘れてしまった。まぁ、忘れたところで何の支障もないし。だって、そんな言葉に縛られなくたって私は私だ。
ある日突然そうなったってわけじゃなくて、気付いたら既にそうだった。男の子の感性も女の子の感性もどっちも同じぐらい理解出来てて、小さい頃は戦隊モノも魔法少女モノも両方好きでテレビを夢中になって観てたし、服装にしても可愛らしいスカートやワンピースも好きだしボーイッシュなパンツスタイルも好き。長く髪を伸ばしていた時期もあれば、バッサリと綺麗さっぱりショートヘアにする時もあった。片思いしてきた相手も、男女比はほぼ同じぐらい。というか、性別なんてものは私からしたら本当にどうでもよくて、人間として好きか嫌いか。ただそれだけのシンプルな話。
ちなみに、片思いが叶ったことは一度もない。そもそも、叶えようと思ったことがない。皆の前ではヘラヘラした女子を一応気取っていながら、実は中身は両性でした〜! 男の時もあるし女の時もありまーす! ······なんて、いくら私が大雑把な人間であろうと恥じらいなんてものなかろうと、それを相手に知られちゃダメだと思ってたから。私本人が気にしてないのに、それを知った相手の方が気にするであろう未来が見えていたから。だって、相手が男の子にしろ女の子にしろ、半分は自分と同じ性を持つ人間とお付き合いするってことになる。私にはよくわからないけど、多分普通の感覚の人達だったらよくて複雑、悪ければ嫌悪の感情を抱くことだろう。だから私は、一生誰かに片思いしてるだけでいい。そもそも片思いって楽しいもんだしね。
とまぁ、そんな感じで割り切って生きてきた私なわけだが、性懲りも無く片思いの真っ最中だったりする。入学式の日、クラスに集まって順番に自己紹介をしていく時間で、私は所謂一目惚れをした。人間として云々言ってたのは一旦聞かなかったことにしてほしい。
だって、見た目がタイプすぎたのは勿論のこと、運命を感じずにはいられなかった。顔が良い。声も可愛らしい。何か弄り甲斐ありそうMっぽい、ただし直感。黒髪前下がりボブ最高。そして、私の名前が「美柑(みかん)」なのに対して、そのどタイプ女子の名前は「杏朱(あんず)」。なんと奇しくも果物繋がりの名を持つ同士だった。そんなの、気にならないわけないだろ! これが運命の人ってやつか、神様ありがとう!
そんなこんなで、私は入学早々、杏朱をロックオンした。自己紹介も終わり、ホームルーム的なものも終わって帰宅の流れになった瞬間、逃がしてなるものか! と杏朱の席へ一直線に駆け寄った。
「ねえねえ、杏朱ちゃんだよね?」
「え? ······あ! えっと、美柑ちゃん······だよね?」
なんてこった。杏朱はなんと、自己紹介の時に名乗った私の名前を覚えていてくれたのだ。え? 脈アリ? 脈アリってことでいい? と、私の心の男の子な部分が叫び散らかす。
「私と同じで果物の名前の子だ〜って······多分、一番最初に名前覚えちゃった!」
少し照れたようにはにかむ杏朱はそれはそれは天使のように可愛かった。いや、天使と比べちゃ杏朱に失礼か······と冷静に考え直した私に未だに天罰下ってないの、奇跡だと思う。神様って意外と寛大なんだなぁ。
「私も全くおんなじ理由〜! で、絶対一番最初に声掛けてやる! って思って走ってきた!」
「なにそれ、美柑ちゃん面白すぎる〜!」
「杏朱ちゃんの初めては私が頂いた」
「ちょっと待って、言い方!」
初めて喋ったとは思えないぐらい、杏朱との会話は波長が合ってた。やっぱこれ運命では? 運命だよな? 杏朱は私のものだから誰にも近付けさせないし許可なく近付いた奴は殺す。······なんて物騒なことを考えながら、そんなこと全く表には出さずに笑顔で杏朱とお喋りをした。
「はー······ウケる。てか、ちゃん付けしなくてもいいよ? よければ美柑って呼んで〜!」
「え、いいの? じゃあ私のことも杏朱って呼び捨てで呼んでほしいな!」
「オッケイ心得た。杏朱、よければ途中まで一緒に帰らない?」
「わ、嬉しい! じゃあお言葉に甘えて······あと、今更だけどこれからもよろしくね、美柑!」
当たり前だろよろしくするに決まってんだろこれから私達は一蓮托生だからなぁ! と心の中で男女両方の私が叫び散らかしていたが、私は涼しい顔して「よろしくぅ!」と応え、帰り道も楽しく杏朱とお喋りしながら帰宅した。ま、それから毎日二人で一緒に帰ることになるんだけどな!
······そんな私達の出会いを思い出しながら、私は自室で一枚の便箋を何度も何度も何度も、読み返していた。それは今日の朝、杏朱から無理矢理強奪した“誰か”へ宛てたラブレター。見慣れた杏朱の書く文字が、便箋にぎっしりと詰め込まれている。
杏朱が、こんなにも“誰か”のことを想っていたなんて、全く知らなかった。顔も知らないその“誰か”に、私は嫉妬という感情を燃やしていた。
「“あなたの全てが好き”······かぁ」
これが自分へ向けて書かれた想いならばどれほど幸せなことか。宛名に私の名前が書かれていたならば、どれほど嬉しいことか。私だって言われてみたいよ。杏朱から、「美柑の全てが好き」って。
でも、それは叶わない。だって私は知っている。杏朱が私の“全て”を知る日なんて、一生来ないんだから。
杏朱との心地良い今の関係を崩したくない。“全て”を話して、杏朱が私から離れていくのが怖い。最悪嫌われでもしたら、私はもう生きていけない。
「杏朱······」
杏朱を想って一人こんなにも苦しい思いをしていることなんて、杏朱は一生知らなくていい。
1/30/2025, 1:52:42 PM