スランプななめくじ

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小さい頃から、人との関わりが苦手だった。
家族は私が歩くようになってから、放置した。
友達の居ない幼児は、ただ絵本を捲るだけ。
喧騒が鳴り響く部屋の隅で、静かに頁を進めた。

大きくなると、読み物は絵本から小説へ。
挿絵もないまっさらな文から世界観を想像した。
情景などの描写から、主人公の心情を読み取った。
もはや人間として、私として生きている時間よりも、
本の世界に没入している時間の方が長かっただろう。

現実世界の私は、社会からとうに弾かれていた。

私の世界は本の世界なのだ。
本の中に私は居ない。故に傷付けられることは無い。
本の中に私は存在していない。故に責任や苦悩もない。

次第に既存の小説では飽き足らず、自作に手を出した。
創作。ただの妄想が創造になる瞬間、
私は初めて私としての生を実感した。

自分で世界観を練り、登場人物を作る。
思い通りに出来る自分だけの世界。
ずっと浸っていたい。この世界は私のもの。

弱々しい灯りが頼りなく照らす部屋の中、
ドアの向こう側から叫ぶ女の声など耳に入らなかった。
物が割れる音も、男の怒鳴り声も、聞こえなかった。
食事だって、睡眠だって、私の世界には必要ない。




この世界は、誰にも邪魔されたくない。
この世界だけは、誰にも壊されたくない。

1/15/2024, 7:43:21 PM