俺の家には天使が居る。
「あ、おかえりー。」
比喩じゃなくて、マジの。
コイツはある日、突然現れた。インターホンが急に鳴って、ドアを開けたら立っていた。宅配便のような極軽いノリで、
「こんちは。天使でーす。」
なんて挨拶してくるものだから、しばらく読み込みが追いつかなかった。もちろん初めはコスプレした不審者かと思い、通報しかけた。その度、遠くにいたはずの彼がなぜか背後にいて携帯を奪われてしまうのだ。
「僕は天使なんだよ?通報なんてしたって意味ないって。君が不審者みたいに思われて終わりだよ?」
にまりと猫のように笑う彼に得体のしれない恐怖感を感じたことも数知れない。
けれど、人間の適応力とは恐ろしいほどのものだった。数週間前もすれば彼の存在にすっかり慣れ、扱い方も掴めてきた。頭上にふわふわと浮いている光の輪も、肩甲骨の辺りから生えている純白の羽根も、どうやら本物らしい。しばらく一緒に暮らすうちに、それは嫌でもよく分かった。
そんなこんなで、俺は今日も、自称天使と奇妙な二人暮らしを続けている。彼の翼があまりに大きすぎて、彼がいると部屋が狭くなるのが最近の悩みになるくらいには馴染んでいるのだ。
彼は、皆が想像する天使の像とはかけ離れている。平気で嘘も吐くし、ヘラヘラしていて軽薄そうだし、人のことをからかってゲラゲラ笑っている。良くも悪くも普通の人間のようで、俺はつい絆されてしまった。
「ただいま。」
今日も狭いアパートの小さなドアを開け、靴を脱ぐ。家に入ると、キッチンに立つ彼の後ろ姿が目に入った。部屋の中は綺麗に掃除されていて、彼の手元にあるだろう料理の香りが満ちている。
楽しげに鼻歌を歌いながらぱたぱたと羽根を揺らしている彼の後ろ姿を見ていると、こんな生活も悪くないかと思えて仕方ない。食費は2倍だし、よくからかわれるし、暇つぶしにホラー映画を見た彼に夜中叩き起こされたりもするが。なんだかんだ、悪くない、気がする。
相変わらず視界の端で揺れる純白の羽根は、今では見えないと落ち着かなくなってしまったのだった。
テーマ:揺れる羽根
10/26/2025, 6:50:45 AM