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初めて彼を見たとき、妖精の子どもみたいだって思った。私たち、やっと6才になったばっかりだったから。でも、よく覚えている。

幼かった彼の耳には、丸くてつやっとしたものがいつも入っていて、先生はそれを「ホチョーキ」といった。


「大きい声をだしてびっくりさせちゃダメだよ。」


有り余るエネルギーをこれでもかと放出する男子たちの中で、彼だけがゆっくりと呼吸をして生きているのだと思った。

小学4年生のとき、彼の世界から音は閉ざされた。それでも私は彼と、囁きあうような会話を重ねた。どちらも筆談、私は少しだけ手話も覚えた。

もう聞こえていないのはわかっていたけれど、ときどきこぼれる、彼の妖精みたいな声を思いがけず拾うその時間が、私の宝物だった。

4月になれば、私は公立の中学、彼はろう学校へ通うことになる。やさしくてかっこいい彼のことだから、きっと彼と同じ景色のみえる、天使みたいな女の子たちからモテるのに違いない。

もう背丈も違う。歩くスピードも違う。私たちの生きる世界は少しずつかけ離れてゆく。
数歩先の、今にも羽ばたいていってしまいそうな彼の背中へ、声のままに叫んでみる。


「私を置いてかないでよ」








5/11/2023, 10:17:18 PM