数年ぶりに訪れた、インドネシアのバリ島。
夕食帰り、日本より幾分か過ごしやすい夜風に吹かれながら入った店で、とっておきの香水に出会った。
棚いっぱいにところ狭しと並ぶ香水、香水、テスター。あてもなく、パッケージと英単語の羅列を見ているとき、ふと目に留まった。
’lost in tokyo’_東京の迷い子。
’under malibu ocean’_マリブ海の水面下。
そして、’memory of Paris’_「パリの記憶」
私の手に少し香りを纏わせたとき、身体中を爽やかな優しい甘さが吹き抜けて、心が穏やかに凪いだのを、憶えている。
一目惚れといっていいのだろうか。この香りを纏えたら、柔らかな揺蕩いに落ちていける気がした。
森林、山村、海洋、花畑、雑踏、どの言葉にも属せない、なんとなく、私の思い描いていたパリとはイメージが違っていたけど。冷えきった冬の早朝に、バニラの香るベルモットを溶かしたような、優美で爽快な香りだった。
日本に帰ってきた今、あの香りを纏いたいとか思っていたくせに、まだ一度しかこの香水を使えていない。
私はパリの記憶を着付けたところで、誰にも届かない。だから、初めて好きな人に送った手紙に、私の代わりに絡ませた。
きっと香りなど、届いたときには消えていたのでしょう。それでもいいや、と思えた。
いつか彼に直接出会えたときに、残り香として憶えていてくれたら、なんて。
8/30/2024, 1:56:50 PM