詩歌 凪

Open App

 見つめられると

 その日は雨が降っていた。午前零時を秒針が刻んだ頃、背の高い人影が第四倉庫の片隅で一つ目のついた紅く小さいモノを見つけた。そのモノは、拾い上げた彼の手の中でトクントクンと微かに脈打っていた。
 彼はヒトを名乗り、モノは心臓を名乗った。
 ひとりぼっちの彼と紅いモノは、その日に友達になった。
 心臓は真ん中についた黒い目を瞬かせ、彼に『望み』を尋ねた。心臓は、彼の願いをなんでも叶えようと思っていた。けれど彼は首を振る。
「何もないよ。僕に望みなんてない」
 その言葉が嘘と知るに、彼の瞳はあまりに雄弁だった。彼の飢え乾いた瞳の色を満たしたくて、心臓はそう尋ねたのだから。
 けれど彼は、「そんなことどうでもいい」と、およそ嘘とは思えない口ぶりで言う。
「そんなことより、僕は君の望みを叶えたい。僕の持ち物は少ないけれど、持っているものならなんでもあげる」
「……何を、持っている?」
「昼の世界と時間と、それから心」
 心臓が持たないものばかりだった。そして、心臓の望むものばかりだった。
 心臓は、乾いていたのは己だったことを知った。
 多くの人間が心臓に望みを告げ、多くのものを欲しがった。けれど、唯一願いを叶えたいと思った彼だけが心臓に何も望まなかった。それがどんな意味を持つのか、心臓には分からない。
 そして今、彼のその瞳を見て、ようやく気がついた。
 数多の望みを叶えてきたのに、心臓は己の望みを叶える方法だけを知らないのだった。

3/29/2024, 8:55:25 AM