湯船遊作

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死神の暇つぶし

空はこんなにも澄んだ闇色をしている。
折角なのだからどこにでも遊びに行けばいいものの、地獄の一丁目はいつも通りで、赤い暖簾が寂しそうにぶら下がっていた。
そのうちの一角にひっそりと提灯が二つぶら下がっている。
1週間ぶりに、私は提灯の間をくぐった。
「あっ。また来てくれたんすね」
「そうですね。また来ました」
「あはは……。……そこのテーブルにどうぞ」
腰にエプロンを巻いた死神は、乾いた笑いと作り笑顔で奥のテーブルを進める。
「そこでもいいですか」
私は一番席、いつ来たって盛り上がっているテーブルの隣を指す。
「えっ。……えー、まぁいいですよ」
「どうも」
席に腰を下ろすと、
「一般入試じゃないよ」
「えー、そんな風には見えないですよー。ガッツリ勉強してたんでしょー?」
「下から数えた方が早いくらいだ。指定校推薦でね」
「えー! ギャップー!」
なんて話し声を耳にした。
「……その、いつもここの席を選んでますけどいいんですか? 」
「いいとは? 」
「……いえ、いいならいいんです。注文はいつもので? 」
「はい」
「す‪”‬み‪”‬ま‪”‬せ‪”‬ん‪”‬。冷やしトマトくださーい」
エプロンはくるっとターンすると、
「はいよっ! 」
とやけに調子よく答えて厨房へ戻った。
これから注文を頼む時は冷やしトマトを追加しよう。そうすればエプロンは喜ぶらしいから。
テーブルの足についているメニューを手に取る。開いてみると、真っ赤な料理の写真が並べられている。その横には、飲むと頭が痛くなる味の着いて水の名前が、これでもかというくらいに載っている。
「おにーさん飲んでるぅー? 」
ふわふわとグラスを浮かばせて、トマトを頼んだ死神は話しかけてきた。
「いいや」
「なにそれー。まーいいや。私にアイス奢ってよぉ」
「飲みすぎだぞ」
ほかの死神がそいつの首の黒いところを摘む。
「すみません後輩が」
「あぁ。全く構わない」
「……そうですか。……ほら、こっちで頭冷やせ」
「はーーーい」
言葉とは裏腹に、グラスを浮かばせていた死神はすごすごと席に戻っていく。
願わくばその明るさを続けたまえと、私は心の中で祈ってみる。
私はコップに水を注いだ。
よし。準備は出来た。音楽を聴く、その準備が――

「ところで先輩。先輩って最近東京で仕事されてるんですよねー? 」
ぷかぷかグラスの死神は答えも聞かずに続ける。
「あぁ」
先程ぷかぷかを連れて戻った死神は言った。
「とーきょーの下の方なんですけどぉ、大釘公園って知ってます? 」
「地蔵があるとこ? 」
「そーです。先月からそこで仕事してるんですけど、全然人が死なないんですよぉ」
「あがったりだな」
「そーなんです。それでなんかあんじゃないかなって思ってて。先輩知りません? 」
「あの地蔵、天使のやつらが手をかけてるらしいぞ」
それは天使の業務としてなのだろうか。
気になっていると、
「私の持ってるマップには天使の業務範囲外って書いてましたよ」
「勝手にやってんだ。アイツら」
「えー。それじゃ人の数の調整できないじゃないですか」
「まぁな」
「まぁなじゃないですよー。いい方法知らないんですか」
「知らない」
「あっ。それ知ってるやつですよね? 」
ぷかぷかグラスは今度は徳利を浮かべて、先輩なるもののグラスに注ぐ。
「袖下は受け取らないぞ」
「うそつけぇー」
「黄金色じゃないとな」
「キスもつけますよ」
「生前が男だったら嫌だからいらん」
先輩なるものはグラスをぐびっと仰ぐと、
「天使を殺るんだよ」
とどこか楽しそうな口調で言った。

「へいお待ち。いつものズーズー麺ね」
ガタンと音を立ながら、エプロンはズーズー麺を置いた。
今日の音楽はここまでか。
私は念力で麺を浮かせると、よく絡んだ汁とともに飲み込んだ。

6/24/2025, 12:30:55 PM